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三洋化成ニュース No.513
2019.03.01
揮発性有機化合物(VOC)による健康被害や大気汚染の問題を受けて、環境負荷低減の観点から塗料や粘着剤などに使用される合成樹脂は各分野で溶剤系から水系(エマルション)への移行が進められている。近年、SDGsをはじめとした環境・社会課題解決に向けた対応が求められており、水系化が加速している。その世界市場は金額ベースで年率2~4%程度の成長が予想されている1)。樹脂エマルション製造方法の一つである乳化重合法では、乳化重合用乳化剤(以降乳化剤)と呼ばれる界面活性剤が重要な役割を担っている。本稿ではこの乳化剤について述べる。
乳化重合は、水に難溶性であるモノマーを、撹拌下で水中に乳化分散してラジカル重合する方法のことである。高重合度のポリマーが得られやすい、反応温度を制御しやすい、ミセルを反応場としているため反応が速いといった特長がある。
乳化重合は次の過程で進行する2)(図 1)。①まず水に溶解した乳化剤が直径5nm程度のミセルを形成する。②モノマーを滴下すると、ミセルに取り込まれて可溶化されるものと、ミセルに取り込まれずに数μmのモノマー油滴となるものに分かれる。③水中で開裂した開始剤ラジカルがミセルに侵入し重合が開始する。④ミセルで生成した粒子に、モノマー油滴からモノマーが拡散、供給されて粒子が成長する。⑤モノマー油滴から粒子に供給された全てのモノマーが重合することで完結する。
乳化剤の役割は本過程の状況とともに変化する。初期においてはミセルを形成しモノマーを可溶化すること、初期から中期においてはモノマー・オリゴマーを乳化すること、中期から後期においては生成、成長したポリマー粒子を安定に分散することが求められ、全工程において乳化剤は重要な役割を担っている。
当社の乳化剤の構造と特長を表 1に示す。ノニオン性とアニオン性があり、それぞれ乳化性や分散安定性、粒子径などに特長があり、目的に応じて選択され、併用されることも多い。
以前は、乳化剤としてポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(APE)とその硫酸エステル塩が性能面およびコスト面から多く使用されてきた。APE系乳化剤が性能面で優れるとされる理由には、性能に悪影響を及ぼす未反応のアルキルフェノールや低付加モル数のAPEが少ないことが挙げられる。しかしながら、「環境ホルモン物質」としての疑いが生じたため、環境に対するリスクを低減するためにAPE系乳化剤からポリオキシアルキレンアルキルエーテル(AE)系乳化剤への代替が進められた。
APEやAEは、フェノール基やアルコール基に、エチレンオキサイド(EO)などのアルキレンオキシドを付加させて作られる。付加モル数やその分布は、乳化剤の性能を決める親水性と疎水性のバランスなどに大きく影響するが、従来のAEは、アルコール基へのEO付加反応がフェノール基のように選択的に進まないため、未反応アルコールや低付加モル数のAEを多く含有していた。
当社は、独自のアルキレンオキシド付加重合技術によって、AE系でありながら、これらの含有率を少なくした『ナロアクティー CL』シリーズをラインアップした。『ナロアクティーCL』シリーズの付加モル分布は従来のAE系より狭く、APE系と同等であるため、図2、3に示すように、乳化性は従来のAE系よりも優れ、APE系と同等以上であることがわかる。
同じく、上記付加重合技術をベースとしたアニオン系も開発。『エレミノール CLS-20』『エレミノール NS-5S』として硫酸エステル塩をラインアップしており、これらはAPE系硫酸エステル塩と同等以上の乳化性を有する。『エレミノールCLS-20』の例を表 2で示した。APE系およびAE系の硫酸エステル塩と比較して同等以上の乳化重合性とエマルション物性を示すことがわかる。
お取り扱いいただく際は、当社営業所までお問い合わせください。 また必ず「安全データシート」(SDS)を事前にお読みください。
使用される用途における適性および安全性は、使用者の責任においてご判断ください。
乳化剤は樹脂エマルションを製造するうえで重要な役割を担っているが、一方で乳化剤による副作用が問題となることがあり、溶剤系から水系化を進めるうえで障害となる場合がある。乳化剤は基本的にはポリマー(樹脂)粒子表面に吸着している状態のため、一部遊離するとエマルションの泡立ちやコーティング時の塗膜欠陥の原因となることがある。また乾燥後の樹脂中で乳化剤が集合したり表面(界面)移行することで、樹脂中に水を呼び込んで白化を引き起こしたり、基材との密着阻害を引き起こすこともある。このような副作用を軽減するために開発されたのが反応性乳化剤である。
反応性乳化剤とは分子中にモノマーと反応するラジカル重合性の二重結合を持った乳化剤である。反応性乳化剤は従来の非反応性乳化剤と同等以上の優れた乳化性を有しつつ、モノマーと共重合することで樹脂粒子表面に結合し分散安定性を付与する。樹脂粒子に取り込まれるため、エマルション中への遊離量が少なく、泡立ちを低減できる。また乾燥後の白化や基材との密着阻害を低減できる。
当社は反応性乳化剤として、重合性基がアリル基である『エレミノール JS-20』と、メタクリル基である『エレミノール RS-3000』をラインアップしている。いずれも各種アクリル系モノマーとの共重合性に優れており、『エレミノール RS-3000』はスチレン系との共重合性にも優れている。
比較的泡立ちが少ない非反応性乳化剤であるDBS(ドデシルベンゼンスルホン酸Na)と比較した結果を表 3に示す。『エレミノール JS-20』『エレミノール RS-3000』ともに乳化重合性はDBSと同等以上であり、エマルション物性および乾燥皮膜物性が向上していた。また『エレミノール JS-20』は強熱乾燥条件下でも皮膜の黄変が少ないという特長も有する(図 4)。
反応性乳化剤は国内のみならず海外(特に中国)でもその価値が認められ採用が拡大している。樹脂エマルションは、溶剤系に性能面で引けを取らないものまで登場しているが、耐久性や意匠性など、さらなる高性能化が求められている。樹脂エマルションの課題として、乾燥後の樹脂が白く霧がかかったように白化する場合がある。白化現象が起こる原因は、樹脂の吸水性が影響するためといわれている3,4)。近年、耐用年数の長期化や、湿潤環境や風雨にさらされる屋外用途への適用拡大などが求められている。当社では、さらなる耐水白化性の向上を目指して新しい反応性乳化剤の開発に注力している。開発品の評価結果を表 4および図 5に示す。開発品は乳化重合に関わる性能は維持したまま耐水白化性を向上した。当社は、このようなニーズの高度化に応えるべく、引き続きさらなる高機能化を目指していく。
本稿では樹脂エマルションにおける乳化剤について述べてきたが、樹脂エマルションの高機能化に貢献する薬剤は乳化剤だけにとどまらず、ほかにも「基材との密着性を向上できる」「基材とのぬれ性を向上できる」「皮膜表面を平坦にできる」などの薬剤が挙げられる。これらの薬剤ニーズは全て当社が強みとする「界面制御技術」を必要とする案件である。当社は界面活性剤メーカーとして今後も樹脂エマルションの高機能化に貢献できる薬剤開発に取り組む。