学校のトイレ研究会 事務局長 河村 浩〈かわむら ひろし〉
1985年TOTO株式会社入社。商品の企画・デザインを手がけた後、パブリックトイレの空間提案や、自治体トイレの建設コンサルタントなどに携わる。1996年専門家向け提案施設『TOTOテクニカルセンター』の創設を推進。2007年から学校のトイレ研究会の活動に参加し、2008年に学校のトイレ研究会事務局長に就任。2010年からは癒しのトイレ研究会事務局長も務める。幅広くトイレ環境向上に取り組んでいる。
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三洋化成ニュース No.504
2017.09.07
1985年TOTO株式会社入社。商品の企画・デザインを手がけた後、パブリックトイレの空間提案や、自治体トイレの建設コンサルタントなどに携わる。1996年専門家向け提案施設『TOTOテクニカルセンター』の創設を推進。2007年から学校のトイレ研究会の活動に参加し、2008年に学校のトイレ研究会事務局長に就任。2010年からは癒しのトイレ研究会事務局長も務める。幅広くトイレ環境向上に取り組んでいる。
日本の学校のトイレは5K(汚い、臭い、暗い、怖い、壊れている)と言われています。近年、駅などの公共施設や商業施設、オフィスなどのトイレは快適なものになりつつありますが、学校のトイレについてはまだ改善が進んでいません。そうした状況を変えようと、21年前に設立されたのが学校のトイレ研究会です。事務局長の河村浩さんに、学校のトイレの持つ使命や、トイレを通した新しい教育の可能性について伺いました。
-- 河村さんが事務局長をされている学校のトイレ研究会は、どんな経緯で発足したのですか。
1996年の発足当時、オフィスやデパートのトイレがどんどんきれいになっていくなかで、学校のトイレだけが取り残されていました。いろいろな関連企業の社員が集まり、それぞれの企業活動を抜きにして、子どもたちのために少しでも学校のトイレを改善しようと、自由に研究活動を行うことにしたのが、設立のきっかけです。
-- 1996年というと、私が就職した年です。就職活動をしていた時、大学のトイレと比べ、企業のトイレがとてもきれいで、感動した覚えがあります。大学のトイレは男子学生が多いこともあって、男性トイレの中にベニヤ1枚で仕切ったところが女性トイレだったんです。
1990年代は公立の小学校のトイレも、そのようなところがほとんどでした。汚い、臭い、暗い、怖い、壊れている(古い)の5Kと言われ、本当にひどい状態で、マスコミにも取り上げられました。強烈な臭いが教室まで漂っていて、壊れたら壊れたまま。想像を絶する状況です。高校生や大学生なら、コンビニのトイレに行くなどの選択肢もあるのですが、小中学生は学校のトイレを使うしかないので、とてもつらい思いをしています。トイレに行くのを我慢して、授業が終わったら走って家に帰る子もいます。
-- 子どもの方が、トイレに行く回数も多いですしね。私が小学校に通っていた頃も、「使用禁止」と貼り紙のあるトイレや、鍵が壊れていて手で押さえていなければならないトイレがよくありました。
現在でも、教職員にアンケートを取ると、学校の設備で改善してほしいことの第1位はトイレで、耐震化やエアコン、OA機器などと大差がついています。また、ある調査では、子どもたちの7割ほどが便秘などの症状を持っていて、原因の一つとして「トイレが汚くて行けない」ことが挙げられています。家庭では、今はほとんど温水洗浄便座付きの快適なトイレなのに、なぜ学校であんなひどいトイレに行かなければならないのか、かわいそうでなりません。
-- トイレが、子どもたちの行きたくない場所になってしまっているのですね。私の子どもが小学校に入学する時、公園に行って和式トイレを使う練習をさせました。なぜ学校のトイレだけ、和式が多いのでしょうか。
公立の小中学校は、高度経済成長期に一斉に建てられたので、トイレも当時主流だった和式が多いのです。そして現在、自治体の予算が限られていることもあって、改修されず老朽化したままになっています。
-- トイレを改修する際に、大切にしていることはどんなことですか。
「学校現場の声を聞く」「ユニバーサルデザインを追求する」「衛生性を科学する」の三つを心がけています。まず「声を聞く」についてですが、学校に限らず、トイレはブラックボックスです。いろいろな人がどんなふうに使っているか、わかっているようでわからない。それを開けて相互理解をすることが、トイレの改善の第一歩だと考えています。子どもたちだけでなく高齢者や親子連れ、さまざまな障害をお持ちの方、違う文化の中で育った外国人などが、トイレの中でどんな苦労をされているのか、多くの方からつぶさに教えていただいてきました。先ほども述べましたが、学校の現場の教職員にアンケートを取ると、改善してほしい設備の1位がトイレです。
-- まずトイレをきれいにしてほしい、と先生方は思っているんですね。
さらに学校のトイレでは、災害対策も考えなければなりません。災害時、小中学校は避難所になり、地域のいろいろな方が集まってこられます。被災地の避難所のトイレにも行きましたが、高齢で足腰の弱い方や車いすの方は和式トイレを使えないので、数少ない洋式トイレに長蛇の列。洋式トイレがなければ、和式トイレでボランティアに抱えてもらって用を足すんです。それを遠慮して水を飲むのを控え、体調を崩される方もいらっしゃいます。避難者へのアンケートでも、避難生活で困ったことの1位がトイレでした。学校のトイレには、災害時に避難者の健康と排泄の尊厳を守るという使命もあるのです。
-- 避難所生活が長期化すると、若い方は避難所から仕事に行かれますが、避難所で一日過ごす高齢の方はトイレに行けず、つらいでしょうね。
その通りです。半年以上避難所で生活すると考えて、洋式トイレを一つでも多く設置してほしいです。また、避難所では水は貴重ですし、断水時には水洗トイレを使うために水を運ばなければなりません。その点でも、和式は1回使用すると11〜13リットルの水を使うのですが、最新の洋式トイレは4.8リットルほどで済みます。
-- 学校のトイレは子どもたちだけのためのものではなく、地域に必要なものなのですね。
熊本県のある会社では、災害の際に社員の生活を守るため、社屋を頑丈に作り、発電装置や貯水槽を備え、トイレの設備も充実させていました。熊本地震が起きると、大勢の避難者を社屋に受け入れ、トイレも開放し、多くの方に喜ばれました。社員を守るためにしたことが地域の人を守ることにつながり、ひいては会社の信頼性を高めることにつながった良い例です。
-- 学校だけでなく、自分の会社でも、地域のために何ができるか考えると、トイレをきちんと準備しておくことは大切ですね。
学校やオフィス以外の場所でも、外国の方は和式トイレで困っておられます。日本には今、観光客が年間に約2400万人、労働者とその家族が100万人以上と、大勢の外国人がいると言われています。ほとんどの方が和式トイレの使い方がわからず苦労されています。イスラム圏の一部の方はトイレットペーパーを使わず水で洗う文化があり、温水洗浄便座のあるトイレでないと使えないそうです。
-- トイレには、あらゆる人が使いやすいようなユニバーサルデザインが求められているんですね。
-- 今でこそ、洋式トイレを選ぶ人が多いですが、1990年代頃までは、洋式トイレで見知らぬ他人と同じ便座に座るのに、抵抗を感じる女性が多かったように思います。
そうですね。科学的な観点から言うと、洋式トイレの便座にある菌の数はわずかです。それに比べて和式トイレの床からは、莫大な数の菌が検出されます。和式の方が便や尿が飛び散りやすいうえ、湿式清掃という水を流して洗うスタイルだと、さらに菌が繁殖しやすいのです。学校では、その大量の菌を靴で拾い、教室に持って入ってしまっている。
-- 私は小学生の頃、床に水を流してブラシで磨くトイレ掃除が好きだったんですが、あの清掃方法は衛生的ではないんですか。
タイルの床に水をザーッと流すと、きれいになったように感じますが、きちんと乾かさずに水分が残ってしまうと、逆に菌が繁殖しやすい環境になるんです。タイルの目地に水分が染み込むと乾きにくいですよね。これが臭いの原因にもなります。和式トイレの湿式清掃を子どもにさせるのは非常に危険だと思います。
-- それは意外でした。今の子どもたちも、学校のトイレを自分たちで掃除しているのですか。
自治体によって違いますが、ほとんどの学校では子どもたちが清掃に関わっています。先ほど述べたように湿式清掃は危険なので、乾式清掃化・洋式化した清潔なトイレをまず作って、子どもたちが清掃するのが良いと思います。掃除の後に手を洗って清潔なハンカチで拭くことを、きちんと教育するのも大切ですね。
-- 菌を増やさないためには、乾かすことが重要なのですね。
「気持ち悪い」と思う感覚と、科学的に根拠のある衛生性は全く別なんです。他人が座った洋式便器の便座に座るのが気持ち悪いと感じる人もいますが、実際は便座には菌が少ないので、便座クリーナーを使って便座を拭くよりも、用を済ませた後に手を洗って清潔なハンカチで拭いてきちんと乾かす方が大切です。手をよく拭かずに髪の毛を触る方がよほど不衛生です。髪の毛には菌がとても多いですから。
-- 今後、学校のトイレは、理想のトイレに近いものになっていくのでしょうか。
国や自治体も、動き始めています。2015年に内閣官房で「暮らしの質」向上検討会が開かれ、学校のトイレや避難所も生活の場として議題に上がりました。その後内閣府からジャパン・トイレ・チャレンジという指針が出て、各方面でトイレに関する調査が進められています。学校のトイレの改修に予算を取る自治体も増えています。
-- 東日本大震災の後、学校の耐震化がかなり進んだそうですが、その次には、避難者の生活を守るためにトイレを改修してほしいですね。新築の学校や全面改修を行った学校は、どんなトイレになっているのですか。
ほぼ100%洋式で、衛生管理度を高めていくのが当たり前になりつつあります。トイレを改修すると、子どもたちは大喜びで、みんなできれいに掃除して大切にしてくれますよ。改修の際に、子どもたちにトイレのレイアウトをデザインさせた学校もあります。円形の洗面台で、別のクラスの友達とも会話できるようになっていたり、洗面台とベンチが交互にあってジャングルジムのようになっていたり。斬新で、大人からは出ない発想だなと思いました。
-- 楽しそうですね。トイレをプランニングすることで、子どもたちもトイレを大切にするようになり、こんなトイレがあったらすてきだなと、前向きに明るく考えていけるのですね。
改修前後の子どもたちのアンケートで、「トイレに行くとからかわれるから、行くのを我慢する」という回答がゼロになった学校もあります。
-- 学校のトイレが行きたくない場所でなくなるのは、とてもいいことですね。
ある学校で「一番好きな場所は?」というアンケートを取ったら、1位が「トイレ」だったこともあります。
-- えっ! 教室よりもトイレが好きになったんですか。
トイレを教育のきっかけにしている学校もあります。トイレは、衛生性の科学や身体・健康のこと、社会性や思いやり、バリアフリーやユニバーサルデザイン、節電・節水など、さまざまなテーマとつながります。ある子どもさんは、バリアフリーのトイレのいろいろな設備について「なぜこれが必要なんだろう」と調べ、脊髄損傷や脳性麻痺、片麻痺の方、オストメイトの方などのことを学んで、レポートを書いていました。トイレが汚くても我慢しろと言うのではなく、トイレから社会のあり方を学ぶことが大切だと思います。
-- なるほど。例えば、トイレの水が流れていった先はどうなっているのかと考えることが、環境問題につながりますね。学校だけでなく、住宅やオフィスでも、トイレが変わると生活の質が大きく変わるのではないでしょうか。
その通りです。トイレがきれいになると、そこで暮らす人が毎日安心して生活できるようになります。特に近年、オフィスのトイレの品質は上がっています。トイレがきれいになると労働効率が上がるというデータがあり、採用活動にも影響するそうですよ。企業がテナントを探しに行くときは、女性社員を同伴して行って、トイレもチェックするとよいと言われています。建設業界にも女性労働者が増え、工事現場の仮設トイレも洋式化が進んでいます。
-- トイレ環境が良くなると、働く側としては、会社に大切にされている気がします。企業のトイレには、経営者の思いやりが現れるのではないでしょうか。
そうですね。昔から、トイレを見ればその家のことがわかると言うのと同じかもしれませんね。