MENU
三洋化成ニュース No.524
2021.02.02
たった1両の列車の奥に望むのは、オホーツク海を埋め尽くす流氷。その手前を走るのは、今回ご紹介するJ R 北海道の釧網本線です。よく見ると、車窓に流氷を眺める旅人のシルエットが…。ふと、この雄大な風景を見た乗客の感動のため息が、聞こえるような気がしました。
世界中の鉄道を旅してきた僕が、あえて日本一の絶景路線を選ぶなら、迷うことなくこの釧網本線を挙げるでしょう。四季折々美しい沿線風景を堪能できる路線ですが、一番オススメなのは、まさにこれから本番を迎える厳冬のシーズンなのです。
道東を走る釧網本線は、根室本線の東釧路駅から網走を結ぶ全長166.2キロの長大路線。もともと北海道には絶景路線が目白押しですが、釧網本線はエリアごとに全く別の路線に思えるような、バラエティー豊かな車窓風景が魅力です。
まず最初にご紹介するのは網走側のオホーツク海岸エリア。網走駅の次の桂台駅から早速オホーツク海が見えはじめ、知床斜里駅までずっと、車窓からオホーツク海を堪能することができます。上の作品は流氷が接岸した日に、北浜駅近くの丘から撮影したもの。北浜駅には駅舎内に喫茶店があるほか、ホームには下の写真を撮影した展望台もあります。見頃はなんといっても流氷が接岸する2月初旬から3月初旬にかけてのシーズン。流氷とオホーツク海の絶景のほか、 海別岳 をはじめとした知床連山を車窓から眺めることができます。
続いては知床斜里駅から川湯温泉駅にかけての山岳エリア。知床斜里でオホーツク海と別れた線路は、勇壮な斜里岳を望みながら、牧歌的な畑のなかをのんびりと走ります。緑駅を過ぎると風景は一変し、列車は「野上峠」へ。本来ならここで峠の絶景を撮影した写真をお見せしたいのですが、残念ながらお見せできません。ここは線路の周囲に集落や道路もなく、手つかずの原生林のなかを列車が走るため、撮影することができないのです。いつかここで絶景を撮りたいと、もう30年以上妄想している(笑)僕にとって、最後の聖地ともいえる場所なのです。
峠を越え勇壮な硫黄山が見えてくると、列車は川湯温泉に到着します。絶えず噴煙を上げる荒々しい硫黄山は、明治時代には硫黄の採掘が盛んで、その運搬のために北海道で2番目に古い鉄道が敷設されたのもここです。採掘の衰退とともに鉄道は廃止になりましたが、その路盤の一部は今も釧網本線に利用されています。
川湯温泉を過ぎると、いよいよ列車は釧路湿原エリアへ。この辺りからエゾシカやキタキツネ、タンチョウなどの野生動物がかなりの頻度で見られるようになります。ぜひ訪ねてほしいのは茅沼駅。ここは線路脇でタンチョウが餌付けされていて、この冊子の裏表紙のように、駅の周辺や線路上でもタンチョウを撮影することができる貴重なポイントなのです。
ちなみにこの写真は極寒のホームで3日間粘って、ようやく撮影することができた1枚です。
茅沼駅を過ぎて釧路湿原のど真ん中を走る区間が、釧網本線のハイライト。特にオススメなのは次の 塘路 駅で下車して、1時間ほどハイキングした場所にあるサルボ展望台です。ここでぜひ下の朝焼けの写真をご覧ください。この写真を撮るため、まだ真っ暗な朝の5時に登山開始。やがて凍てつく塘路湖の奥から朝日が昇った時、釧路行きの列車がやってきました。マイナス20℃の空気は気動車の排気を瞬間的に凍らせ、まるでSLのような白い蒸気が、朝日に輝きました。厳冬の北海道でしか見ることができない光景に、胸が熱くなりました。
釧網本線の釧路駅〜標茶駅の区間では、冬期限定で蒸気機関車が牽引する「SL冬の湿原号」が運行されます。日本には蒸気機関車を使った観光列車が増えていますが、冬期は運休になる列車がほとんど。ぽっぽやたちの陰なる努力に支えられ、北海道の凍てつく大地を駆け抜けるC11形蒸気機関車の勇姿には、誰もが勇気づけられることでしょう。
釧網本線の車窓は、バラエティー豊かな北海道の自然を映すスクリーン。この冬、どんな映画よりも心を癒やしてくれる厳冬のショーを、ぜひご堪能ください!
クリックで写真のみご覧いただけます
〈過去にゆる鉄ファインダーでご紹介した写真をこちらからご覧いただけます〉
〈なかいせいや〉1967年東京生まれ。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わる全てのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影する。広告、雑誌写真の撮影のほか、講演やテレビ出演など幅広く活動している。著書・写真集に『1日1鉄!』『デジタル一眼レフカメラと写真の教科書』など多数。株式会社フォート・ナカイ代表。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。