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三洋化成ニュース No.542
2024.01.19
人間にとって幸福とは何か――。こうした抽象度が高いテーマについては、僕は対概念とセットで考えるようにしています。すなわち、人間にとって最大の不幸とは何か。僕の答えは他人との比較――より特定していえば嫉妬――です。これこそが幸福の敵であり、人間にとって最大級の不幸の一つだと僕は思っています。
嫉妬という不幸にして醜い感情の源泉は、比較可能性にあります。面白いことに、自分と比較できないところにいる対象に嫉妬する人はあまりいません。「同じ日本に生まれた同い年なのに、こいつは若くして起業に成功して大金持ちになっている、チキショー……」と言う人でも、ドバイのハムダン王子には嫉妬しません。空間的に遠いし、王家に生まれたわけではない自分とはそもそも比較しようがないからです。
大化の改新を主導した中大兄皇子に「うまくやりやがって……」と嫉妬する人はまれです。時間的に遠すぎて、現代とはまるで状況が違うので比較可能性は低い。これがアレクサンドロス大王となると、ごく一部のマニアを別にして、嫉妬する人はまずいません。時間と空間が両方とも遠すぎる。比較可能性がゼロなので、嫉妬の対象にはならないのです。
「何で大谷翔平はあんなに成功しているんだ、チキショー……」とは思わない。大谷選手が野球能力の点で比較できる次元にはいない人だからです。この裏返しで、自分について根拠のない有能感を持っているほど、無意味な他者との比較に陥りがちです。「俺はできるのに……」という思い込みから、他人と自分を比べて嫉妬に駆られる。
嫉妬をする人というのは、相手の成功しているところ、恵まれているところしか見ていない。本当はアレクサンドロス大王も織田信長もハムダン王子も、孫正義さんも、人知れずつらい思いをしているはずです。ダンデミスという人が次のように言っています。「他人の幸福をうらやんではいけない。なぜならあなたは、彼の密かな悲しみを知らないのだから」――嫉妬する人にはそれが見えない。本来それぞれの人の中にしかない幸せを、人と比較するのは間違いなく不幸なことです。
不幸になるもう一つのパターンは他律性です。すなわち「人から幸せだと思われていることが幸せ」だと思い込むこと。ラ・ロシュフコーの『箴言集』の中に「幸福になるのは、自分の好きなものを持っているからであり、他人が良いと思うものを持っているからではない」という名言があります。幸不幸を決めるのは自分自身の価値基準でしかありません。価値観は人によって異なります。本来は「良いじゃないの、幸せならば」で話はおしまいです。ところが、世の中の最大公約数的な価値基準に乗っかってしまうと、いつまで経っても自分の価値基準がどこにあるのかわからなくなります。これは根本的な幸福の破壊です。
ずいぶん昔、平成初期の話ですが、ある有名進学予備校で講演する機会がありました。予備校の生徒だけではなく、教育熱心なお母さまやお父さまも見えていました。当時は今よりも大学受験というものが白熱していたからかもしれませんが、皆さんすごく真剣です。子どもを良い学校に行かせたいという情熱がたぎっている。
「もしお子さまをどこの学校にでも入れてあげると言われたら、どこを選びますか」と質問をしますと、「東大です」と言う人が圧倒的に多い。「なんで東大なのですか」と聞くと、「やっぱり一番入るのが難しくて、良い学校だから」「東大に行くと、より良い職業に就ける可能性が高いから」という答えが返ってきます。「では、より良い職業って何でしょう」と聞くと、「例えば大蔵省(現在の財務省)とか……」。なぜならそれが一番のエリートが就く仕事だからです。その中でも、できたら主計局。それが一番偉いということになっているから――。
これは「他人が良いと思うものを持っている」ことが幸せになってしまうという成り行きの典型です。本当は幸せになることが目的のはずなのに、そのはるか手前にある手段が目的化してしまう。今は東大がスタンフォードに、大蔵省がグーグルに変わっているだけで、いつの時代もこういう他律的な人はいます。
幸福ほど主観的なものはありません。幸福は、外在的な環境や状況以上に、その人の頭と心が左右するものです。あっさり言えば、ほとんどのことが「気のせい」だということです。自らの頭と心で自分の価値基準を内省し、それを自分の言葉で獲得できたら、その時点で自動的に幸福です。「これが幸福だ」と自分で言語化できている状態、これこそが幸福にほかなりません。
経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。