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食の京都(3)京都のパンとコーヒー

三洋化成ニュース No.543

食の京都(3)京都のパンとコーヒー

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2024.04.11

佐藤 洋一郎

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京都といえば和食。和食といえばごはん。多くの人がそう考えるようだが、ここにある面白い統計がある。京都市民一人当たりの年間の米消費量(58.3キログラム)は全国平均の60.8キログラムにも及ばない、というのである。何を食べているのだろうかと調べてみたら、なんとパン消費量(53.5キログラム)が全国平均の39.2キログラムをはるかに凌駕りょうがしているのだ(数字はいずれも2021年)。しかも、米の消費量とパンの消費量がほとんど変わらないではないか。京都人はよほどパン好きらしい。確かに市内を歩いてみると、パン屋さんが目立つ。それも100年の時を刻む老舗からつい最近開店したとおぼしきものまで、実にいろいろである。面白いと思って、昨年卒業した学生と一緒に調べてみた。

製パン所の老舗の一つが西陣の真ん中にある。西陣といえば職人の街である。西陣織などの貴重な工芸品は、だいたいがこの辺りで作られてきた。家族経営中心の小さな工房からは、機織りの音が鳴り響き、街全体が活気づいていたという。寸暇を惜しんで作業をし、食事はといえば手の空いた職人から順に適当に何かをかき込んでおしまい。職人たちはそんな日々を送っていた。当然、一家そろってゆっくり食事、などという暇はない。そこで登場したのが、片手でつまんで食べられる「おかずパン」だったということらしい。菓子パンもまた、そうした文脈の中で発明されたのだった。

ところでパンはパンでも、おかずパンや菓子パンとは別に食パンというジャンルがある。10年ほど前から、各地に食パンブームが巻き起こった。それも、価格が通常の食パンの2倍はする「高級食パン」のブームである。このブームは数年を経ずしてだいぶ下火になったように感じるが、京都でも高級食パンのブームは長続きしなかった。驚きだったのは、京都のパン業界ではこのブームは長続きしないと考えていた人が複数いたことである。市内のある老舗喫茶店の営業部長氏は、少なくともサンドイッチ用という点からは、高級食パンは使えないと言う。価格もそうだが、何より「サンドイッチはパンと具材のハーモニーが売りなのに、あんな自己主張の強いパンではハムや卵焼きといった具材を生かせない」と言うのだ。南区のある大手パン製造会社の社長さんも「おいしいパンは飽きがくる。うちのは特別うまくないパンだから、おかずと一緒にずっと食べてもらえる」と言う。

京都のサンドイッチといえば「卵サンド」。元祖は祇園の喫茶店。軽くトーストした薄切りの食パンにバターを薄く塗り、だし巻き卵を乗せたものだった。これが芸舞妓たちに支持され、数十年の歴史を刻んでいる。その後も各地で類似品が登場して、あっという間に京の名産品になった。共通点は、パンも、バターも、だし巻き卵も自己主張しないこと。あくまでも三者のハーモニーが売りなのだ。もう一つの名物サンドがフルーツサンド。これも数十年の歴史を刻む名品で、今では伝統食材を売る錦市場にもその店が出ている。

そして、パンとくればコーヒーだ。京都人は知る人ぞ知るコーヒー好き。元は、店の旦那たちが商談にコーヒーを使い始めたものだったともいう。映画産業がとがった喫茶店を育てたとも。そういえば鞍馬口近くの喫茶店は、往年の名優のお気に入りだったという。京都大学北門近くのある喫茶店は創業90年の老舗だが、1杯のコーヒーで何時間も本を読む先生たちもいたようだ。その代わり、大テーブルでの相席は当たり前、予約も不可である。私も、徹夜明けの卒業試験の当日、眠気覚ましに1杯のコーヒーを頼んだのを覚えている。

京都らしい、落ち着いた雰囲気の喫茶店

京都のコーヒー好きのなかには、好きが高じて自分で焙煎ばいせんまでする消費者もいるようだ。あるいは、自分好みに焙煎した豆を注文するなじみ客に対応する店もある。ここでも生産者と消費者の持ちつ持たれつの、いかにも京都らしい関係が生き残っている。

 

佐藤 洋一郎〈さとう よういちろう〉

1952年、和歌山県生まれ。1979年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。国立遺伝学研究所研究員、静岡大学農学部助教授、総合地球環境学研究所副所長、大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事などを経て、京都府立大学文学部和食文化学科特別専任教授、京都和食文化研究センター副センター長、ふじのくに地球環境史ミュージアム館長。農学博士。京都市文化功労者。著書に『京都の食文化』『知っておきたい和食の文化』『食べるとはどういうことか』『米の日本史』など。

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