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三洋化成ニュース No.544
2024.07.11
対話を通じた文章や画像の自動生成が人工知能(AI)の主戦場になってきました。既に名門大学の入試で合格するレベルの答えを導ける水準になっているそうです。
AIの本質は自動化にして省力化です。すなわち「そのことを自分ではやらない」。プロセスをすっ飛ばして、結果だけを手に入れる。つまり、これまで人間が自力でやってきたことを外部化しているわけです。
AIに限らず、昔から技術の本質は外部化にあります。蒸気機関という技術は産業革命をもたらしました。蒸気機関を使えば、これまで重たくて人間が持ち上げられなかったものをやすやすと持ち上げてくれる。蒸気機関車を使えば、人間や馬よりもはるかに速いスピードで移動できます。歩く・走るという人間がやってきた仕事が技術に外部化される。その結果、人間にできないことができるようになる。技術進歩というのはそういうものです。
外部化された結果、それまで技術なしに人間がやってきたことよりもパフォーマンスが向上する――ここに技術進歩の本来の動機と目的があります。AIは人間を凌駕するか、という議論が盛んになっていますが、技術進歩の本質からして、そうなるのは自明です。
今に始まった話ではありません。新幹線は人間が走るのよりも速い。飛行機は空を飛べるが、人間は飛べない。Google検索は人間ができない(やろうと思うと異様に時間がかかる)ことを0.1 秒でやってくれる。だからといって、新幹線や飛行機やGoogle検索を敵視する人はいません。便利な手段として使っているだけです。
AIにしても、この基本的な図式は変わりません。事務的な文書作成や顧客対応のチャットといった領域では、AIはこれ以上ないほど便利です。入試問題を解くのも得意中の得意。回答文には正解(にどれだけ近いか)という一元的な良し悪しの基準があります。こういう仕事ではAIとは勝負になりません。しかし、だからといって人間に完全に代替するわけでも、人間社会の敵になるわけでもない。道具は使うものであって、競合するものではありません。
技術の外部化は人間を楽にしてくれます。しかし、です。外部化が価値を持つのはその活動なり仕事が利用者にとって楽しくない(やりたくない・できない)ことが前提になります。僕は税金を払うための申告作業を税理士の先生に任せています。きちんとやる知識や能力がないだけでなく、僕にとってはまるで楽しくない。だから自分でやらずに、税理士の先生に任せて外部化する。将来この作業をAIがやってくれるのであれば、お任せするのにやぶさかではありません。
その人に合った服装を提案してくれるファッション・コーディネーターという仕事があります。こういう人を雇うのは、おそらくファッションに興味がない人だけでしょう。なぜならば、ファッションに興味がある人は、何が自分に似合うのか、自分のスキな服を探索すること自体を喜びとしているからです。この楽しいプロセスを外部化してしまうのは当人にとってタダの損失。カネを払ってでも勘弁してもらいたいはず。
僕は考え事を言語化し、文章に書くという仕事をしています。生成AIに核となるアイデアだけを入力し、何ステップかの対話をすれば、即座に文章にしてくれます。それでも僕は書く仕事を生成AIに外部化したくありません。書くプロセスこそが僕の喜びだからです。ゲラの修正は文章をゼロから生成するよりもずっとAIが得意とする作業です。しかし、僕にとってはこれほど面白い仕事もない。ああでもないこうでもないと自分の文章を推敲し、赤ペンで書き込む――三度の飯よりこれがスキ。この至福のプロセスをAIに任せてしまえば、何のために文章を書いているのかわからなくなります。
文章を書く仕事で、僕はAIに負ける気がしません。なぜならば、優れた文章は思考と言語化のプロセスそれ自体を無上の喜びとする人から出てくるはずだからです。ある会社がAIに僕の文体を機械学習させて文章を自動生成してくれました。言葉遣いを思いっきり僕のスタイルに寄せているのですが、面白くも何ともありませんでした。議論の展開がユルユルで、肝心なところでスベりまくりやがっています。「ええかげんにせいよ!」とツッコミを入れたくなりました。
技術は日進月歩ですから、AIはそのうちもっとまともな文章を生成できるようになるでしょう。僕にとっては「しめしめ……」です。技術が進歩するほど、人はAIに依存するようになる。書くプロセスの喜びを知らない人が増えてくる。もっといえば、書く手前の考えるプロセスまで外部化するようになる。世の人々の考えて書く能力が劣化していくのは間違いない。ということは、僕にしてみればますます商売繁盛――生成AIさまさまです。
経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。