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人工タンパク質『シルクエラスチン®』を用いた再生医療機器の開発

三洋化成ニュース No.544

人工タンパク質『シルクエラスチン®』を用いた再生医療機器の開発

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2024.07.11


Siela Project プロジェクトリーダー 川端 慎吾

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Siela Project マーケティンググループ

 

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細胞足場材『シルクエラスチン®』とは

細胞足場材は、生体内の細胞の増殖や分化を促進させる環境をつくり出すものである。そのため、損傷した組織の一部を修復したり、置き換えたりする再生医療において、組織再生を誘導・促進する極めて重要な役割を担っている。

シルクエラスチンは、天然由来のタンパク質であるエラスチンとシルクフィブロインを模倣し、遺伝子組み換えによって作製された人工タンパク質である(図1、2)。分子内にエラスチン由来配列を多く含むため、細胞親和性(炎症を起こさずに細胞になじむ特性)が高く、かつ弾性(生体組織にハリを与える特性)に富むことから、細胞足場材に適していると考える。シルクエラスチンは水に溶けると、低温では液体であるが、加温することにより水溶液の粘度上昇が進み、最終的にゲル化する(図3)。一度ゲル化すると液体に戻ることはなく、このゲル化物は、皮膚を含む軟組織に近い弾性を有する。さらに、当社は独自の界面制御技術により、シルクエラスチンをさまざまな密度や厚みのスポンジ形状(シルクエラスチンスポンジ)やフィルム形状(シルクエラスチンフィルム)に加工することを可能にした(図4)。これにより、細胞足場材としての生物学的、力学的環境を最適化することができる。本稿では、これらの性質を生かして開発中の医療機器について紹介する。

 

 

創傷治癒材の開発

従来の創傷治療に用いる医療機器は、図5で示す通り、創傷の深さと菌感染のリスクに応じて使い分けられている。比較的浅い創傷では、「湿潤環境の維持」を目的に創傷被覆材や軟こうが使われる。そのなかで菌感染リスクが低い創傷では、カルボキシメチルセルロース(CMC)などが用いられ、菌感染リスクが高い創傷では、静菌作用を有する銀イオン配合のハイドロコロイドなどが用いられる。創傷治癒材としてのシルクエラスチンの特長は、スポンジ形状のシルクエラスチンを創面の形に合わせて投与すると、体液(滲出液)を吸収・溶解した後、患部に広がり体温でゲル化するため、創傷被覆材や軟こうに比べて複雑な創傷部においても高い密着性と追随性を発揮できる点である。創傷面上でゲル化したシルクエラスチンゲルは「湿潤環境の維持」に加え、創傷面の安静を保つ「創傷の保護」機能を有する。また、細胞親和性が高いため、炎症期や増殖・成熟期に必要な細胞の遊走・増殖を促進する(「創傷治癒促進」)。さらに、シルクエラスチンは菌感染拡大に対する抵抗性が高いため、菌感染リスクが高い創傷においても有効な創傷治癒材となり得る。臨床現場で求められている菌感染に強くかつ創傷治癒促進効果が高い創傷治癒材に対して、本品は非常にニーズを捉えているといえる。

これまでに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の平成28年度産学連携医療イノベーション創出プログラム(ACT-M)の支援のもと、医師主導治験(京都大学)にて安全性を確認、平成31年(令和元年)度 医工連携事業化推進事業の支援のもと、企業治験にて有効性を確認し、いずれも良好な結果が得られている。今後は上市に向けて薬事承認などの販売準備を進めていく。

 

半月板再生材の開発

近年の高齢化社会では平均寿命ではなく、心身ともに健康的に生活できる「健康寿命」を延ばすことが重要とされている。健康寿命を短くする(要介護になる)因子としては運動器の障害が2割を占め、そのなかでも「関節疾患」が大きな割合を占めている(10.9%)。高齢者の「関節疾患」において最も多いのは、変形性関節症(Osteoarthritis:OA)である。OAを有する人数は約3000万人とされ、そのなかの約1000万人が痛みなどの症状を有するとされている)1。変形性膝関節症(膝OA)は、患者の生活の質(QOL)や健康寿命が大きく低下することから、できるだけ元の状態に修復することで膝OAを予防することが求められている。

膝関節には、骨の周辺にある靭帯、腱、筋肉以外に、関節が摩擦なく動くように骨の表面を覆い、弾力のある「関節軟骨」や、膝関節の衝撃を吸収するクッションの役割を担う「半月板」などがある。半月板はその名の通り半月の形をしており、膝の内側、外側それぞれにある(図6)。関節軟骨や半月板は、摩擦や衝撃を低減して関節を滑らかに動かすために重要な組織であるが、加齢やスポーツなど、繰り返しの負荷が原因で損傷・変形してしまう。これらの組織が損傷・変形してしまうと、歩行時の痛みやひっかかりを感じる、曲げ伸ばしが全くできない状態になる、炎症を起こし水や血液がたまるなどさまざまな症状を引き起こす。人間の身体には本来、組織修復能力が備わっているが、血液やリンパ液に乏しく、常に高い負荷のかかる関節軟骨や半月板は、一度損傷すると非常に修復が困難な組織として認識されている。関節軟骨については、近年患者自身の細胞(自家細胞)を用いて組織を再生する医療製品が開発されているが、半月板の修復・再生についてはまだ再生技術は確立されていない。

これまで、半月板の損傷・変形に対しては、「関節鏡視下半月板部分切除術」により半月板を切除する対症療法が主流であった。しかし、半月板の切除は一部であっても膝の機能に大きな影響を及ぼし、後に膝OAを生じて曲げ伸ばしや歩行が困難になる原因になってしまうことがわかってきており、できる限り半月板縫合術による修復が試みられている。実際、近年では半月板を温存する関節鏡視下半月板縫合術が増加している(図7)。しかし、損傷の程度や範囲によって縫合術が不可能な場合も多い。また、縫合術が行えた場合でも、もともと治癒能力が低く変形も加わった半月板の治療には限界があり、完全に治癒することは困難であった。

シルクエラスチンは、前述の創傷治癒材の開発のなかで、得られた細胞に対する作用機序から、半月板再生にも寄与できるものと考えられた。そこで半月板縫合術時にシルクエラスチンを患部に投与することで、半月板同士の再生・癒合を促進させる医療機器の開発を進めてきた。平成30年度産学連携医療イノベーション創出プログラム・セットアップスキーム(ACT-MS)の支援のもと、ウサギやブタを用いた動物実験にて、シルクエラスチンの半月板に対する組織再生効果を確認した。また、令和2年度ACT-Mの支援のもと、従来法では縫合しても良い結果が得られにくいような難しい症例の17歳から52歳の男女8人を対象に、医師主導治験(広島大学)にて安全性を確認した。

その結果、特段の有害事象が認められず、安全に使用できることがわかった。また、全ての患者で半月板の癒合を確認し、うち6例では術後3カ月で完全癒合していた。今後、令和6年度医工連携イノベーション推進事業の支援のもと、企業治験にて有効性の確認を進めていく予定である。

 

今後の展開

創傷治癒材や半月板再生材の開発において、シルクエラスチンは組織修復を促進させる効果を有することが見いだされた。その特性を生かし、「治りにくい傷を治す」をコンセプトに難治性の気管支塞栓材や筋肉再生材の開発にも着手している。気管支塞栓材は肺がんなどで肺切除した際にできる気管支断端からの空気漏れを防ぐために使用される。プラグ状に加工したシルクエラスチンを気管支に詰めることで、空気漏れを防ぎながら気管支断端の組織再生を促進させる。このように、最終的には自らの組織で気管支断端を閉鎖させるような気管支塞栓材は従来治療にはなく画期的な医療機器となりうる。

一方、筋肉再生材は、スポーツや日常生活のなかで、筋肉の断裂などにより筋肉損傷が生じた際に用いる。従来治療では、有効な手段がないのが現状である。シルクエラスチンを筋肉損傷部に投与することで、筋肉再生に必要な細胞を引き寄せ、筋肉再生を促進する効果が動物実験にて確認できている。

シルクエラスチンはこれまで治療が難しかった傷を治す画期的な医療機器として、高いポテンシャルを有する素材である。当社は、シルクエラスチンを国内初の遺伝子組み換え技術を用いた医療機器として、創傷治癒材の上市後、さまざまな用途展開を図るとともに、海外展開も視野に入れて開発を進めていく。そして、高齢者をはじめとするさまざまな患者のQOLを向上できる素材として、育成していく。

 

参考文献:1)平成20年介護予防の推進に向けた運動器疾患対策に関する検討会(厚生労働省)

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