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三洋化成ニュース No.546
2025.01.15
京都の冬は寒い。夏の暑さは有名だが、冬の寒さもなかなかのものだ。むろん、数字上は北海道など北日本のそれに比べれば大したことはないのだが、京都の寒さは独特のものとされる。言葉で表現すれば「底冷え」であろうか。強い風が吹くわけでもなければ大雪が降るわけでもなく、下のほうからじわっと冷えてくる。というわけで、体を温める食べ物が冬の最高のごちそうになった。
工夫の一つがあんかけである。葛粉を水で溶いて煮立った汁に流し込む。あんのかかったうどんや蒸し物をふうふういいながら食べる。あんはとろみがあるので汁に対流が起きず、それで冷めにくいのだそうだ。分厚い丼も保温には都合がよい。よくできている。
同じ理由から鍋もよく見かける。坂本龍馬も通ったという老舗の鶏料理屋の水炊きは冬にぴったりだし、市街中心部のとある料理屋で出されるフカヒレとゴマ豆腐の炊き合わせは逸品である。やや特殊な食べ物になるが、冬の京都といえば「すっぽん」を思い出す人もいるだろう。グロテスクな容姿に敬遠されることも多いが、ちゃんと下ごしらえして、あくをていねいにすくい取りながら高温で長い時間煮ると、びっくりするくらいあっさりした、それでいて濃厚なだしがとれる。これで作ったおじやは飲んだ後の締にもぴったりである。
師走の声を聞くと、京の街も慌ただしくなる。行事も重なり、寒さのなかを出かける機会も増える。市内の寺には炊いた大根を参拝客にふるまうところもある。「大根焚き」と呼ばれる行事で、寺によっては梵字を書いた1000本を超える大根を使うという。皮をむき、ざっくりと切って大きな釜で調理する。薄あげを一緒に炊くのも各寺共通のようだ。大根は、今は「青首大根」と呼ばれる最もよく流通している品種を使うところもあるようだが、伝統的には丸大根の「聖護院だいこん」が使われていた。
そして、大みそかも夜が更けた頃、多くの人々が初詣に出かける。四条通の東端にある八坂神社で、「をけら火」をもらって持ち帰る人も以前は多かった。神聖な火であるをけら火を火縄に受け、火が消えないようにくるくる回しながら持ち帰り、元旦の雑煮作りに使うのである。京の雑煮といえば、伝統的に白みそに丸餅。入れる具は家によりまちまちだが、「金時にんじん」や「祝だいこん」の輪切りはどの家も共通だろうか。金時にんじんは赤みの強いこの時期特有のにんじんである。祝だいこんもこの時期だけ出回る、直径3センチメートルほどの細身の大根だ。普通の大根の間引きなどではなく、雑煮専用の大根である。「なぜ、わざわざ細身に?」聞けば、「正月早々、角の立つのはかなわんから」。青首のような大根は椀に入れようと思ったらイチョウ形に切ることになり、角ができる。それに対して、祝だいこんは輪切りにすると、切り口が真ん丸になるというわけだ。餅は丸餅というのが一番かたくなな点である。硬くなった丸餅は、軽くゆでるなどして椀に入れ、上から汁を注ぐ。焼いた餅を使うことはほとんどない。白みそ仕立てでせっかく白く仕上がった雑煮に、焦げ色のついた餅はそぐわない、というのがその理由らしい。食がグローバル化し人の動きが激しい今でも、この雑煮の風習を大切に引き継いでいる家庭が多い。このことが、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された大きな理由なのだという。
これまで6回にわたって京の食の一端を紹介してきたが、私の筆力の乏しさもあって全容を紹介するには程遠かった。残りは機会があれば改めて、ということにして、ひとまずここで筆をおく。古都に息づく食の文化は奥深い。和ばかりか洋や中華もあり、ハレの食もケの食もそろっている。パンやコーヒーの文化も広まりを見せる。京の食の奥深さに気付いてくださる読者がおられたとするなら望外の幸せである。
1952年、和歌山県生まれ。1979年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。国立遺伝学研究所研究員、静岡大学農学部助教授、総合地球環境学研究所副所長、大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事などを経て、京都府立大学文学部和食文化学科特別専任教授、京都和食文化研究センター副センター長、ふじのくに地球環境史ミュージアム館長。農学博士。著書に『京都の食文化』『知っておきたい和食の文化』『食べるとはどういうことか』『米の日本史』など。