MENU
三洋化成ニュース No.546
2025.01.15
界面活性剤事業本部
繊維研究グループ ユニットリーダー(執筆当時)小嶋 匠実
[お問い合わせ先]同営業グループ
不織布は織ったり編んだりすることなく、繊維を絡み合わせてシート状に成形したものである。通気性、ろ過性、保温性が良く、医療・衛生用品のほか、自動車、農業、土木、建築、工業用などさまざまな製品に使用されている。不織布の世界市場規模は2024年に571億4,000万米ドルと推定され、今後も約6%前後の成長が予想されている1),2)。
一方、経済産業省によると不織布の日本国内生産量は2019年から減少傾向が見られる。財務省の貿易統計では、重量ベースでは大幅に輸入超過しているが、金額ベースでは輸出入の差は少なく、国内の不織布は高付加価値の製品に競争力を持っていることがうかがえる。
インドや中国などのアジア太平洋地域を中心とした出生率の上昇や日本をはじめとする高齢者人口の増加により、子ども用紙おむつ、大人用紙おむつなどの需要はこれからも増加すると予想されており3)、今後は高付加価値製品の輸出や海外における生産が進展していくのではないかと考えられる。
不織布は軽量で加工がしやすく、さまざまな機能を付与しやすいことから各種用途に幅広く使用されている。なかでもポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)などのポリオレフィン不織布やポリエチレンテレフタレート(PET)不織布は、通気性、柔軟性、速乾性に優れており、肌触りが良いため、紙おむつや生理用品などの衛生用品に用いられている。
ポリオレフィン不織布やPET不織布の原料ポリマーは疎水性であり、そのままでは水をはじいて透水せず、尿や経血が濡れ広がってしまうため、通常は親水化剤を用いて親水化処理がなされる。透水性能の持続時間や繰り返し使用への耐久性が、衛生用品の交換の(時間)間隔や頻度に大きく影響を与える。
本稿では、繰り返し透水しても不織布に高い親水性を維持させることができる、当社の不織布用耐久親水化剤『ハイドロスルー PS-887』について紹介する。
衛生用品は、尿や経血を吸収し、吸収体内部にとどめるという基本性能だけでなく、横になったり運動したりしても漏れないこと、素早く吸収すること、逆戻りやムレによる不快さを防止すること、長時間使用できることなど、機能性に加えて、快適性、利便性、持続性などのニーズが高まっている。これらの性能向上に不織布は重要な役割を果たし、さまざまな技術的工夫が盛り込まれている。
衛生用品は、透水性を有するトップシートと水を通さないバックシートの間に、パルプや高吸水性樹脂(SAP)などの吸収体が配置された構造となっている(図1)。
トップシートに主に用いられるのは、通気性、柔軟性や速乾性に優れることから肌触りが良いとされるPPやPEなどのポリオレフィン不織布や、PET不織布である。しかし、ポリオレフィンやPETは疎水性の原料であるため、そのまま衛生用品のトップシートに使用すると透水しづらく、漏れや液残りが発生して不快感を招く。そこで、通常これら不織布に親水化剤を用いて親水化処理し透水性を付与させる。
従来の親水化剤を用いる不織布では、1、2回の吸水によって透水性が低下し、それ以上使うと液残り、濡れ広がりや漏れが発生するという課題がある。これは、繊維表面に付着している親水化剤が排尿などによって吸収体側に洗い流されることで、不織布の親水性が低下するためである(図2)。
液残り、濡れ広がりや漏れが発生するようになると、紙おむつや生理用品を交換しなくてはいけない。頻繁な紙おむつ交換は、利用者や介護者の時間と労力を費やし、職場、学校や旅行などでは適当なタイミングで生理用品を交換できないケースも多いことから、近年、長時間使用でき交換頻度を減らすことのできる衛生用品へのニーズが高まっている。
当社は、得意とする界面制御技術を駆使し、「ポリオレフィン不織布やPET不織布への透水性を高める親水基」と、「持続的な耐久親水性を高める疎水基」の最適なバランスを見いだすことで、従来の親水化剤と比較して不織布に高い「繰り返し透水性」を付与できる『ハイドロスルー PS-887』を開発した。本製品は繊維への浸透性に優れるので少量でも均一に付着でき、ポリオレフィン不織布やPET不織布の特長である柔軟性を損なわない。本製品で親水化した不織布を衛生用品のトップシートに使用すれば、交換頻度を減らしても快適な装着感を維持できるので、使い勝手や満足度を向上させるだけでなく経済的で、廃棄物量を減らし環境負荷低減にもつながる。さらに、希釈して使用する高濃度タイプの製品なので輸送コストを抑えられるほか、高濃度品にもかかわらず低粘度オイル状で自己乳化性にも優れることから取り扱いが容易である(表1)。
「繰り返し透水性」に関する試験(EDANA WSP 70.7準拠)の結果を図3、表2に示す。専用のLister 試験機にろ紙、不織布の順にセットし、その上から5mLの生理食塩水を通して生理食塩水が完全に吸収されるまでの時間を計測した。数値が小さいほど速やかに吸水されることを示し、『ハイドロスルー PS-887』で処理した不織布は透水回数を重ねても汎用品で処理した不織布に比べて速い吸収速度を維持しており、「繰り返し透水性」が高いといえる。
さらに、別の方法でも「繰り返し透水性」の評価を実施した(図4)。不織布上の任意の10カ所のポイントに生理食塩水を1滴ずつ落とし、5秒以内に吸収された液滴の個数を数える操作を5回繰り返し実施した。2回目以降の生理食塩水の滴下前に、不織布の上から50mLの生理食塩水を注ぎ、不織布の水気を拭き取った後、再度先ほどと同じ10カ所のポイントに生理食塩水を1滴ずつ落とし吸収された液滴の個数を数えた。本試験では親水性が高いと、多くの液滴が吸収される。つまり、回数を重ねても吸収される液滴の数が多いほど、親水性を維持していることになる。50mLの生理食塩水を注ぐと通常の親水化剤は洗い流されるため、回数を重ねると親水性が低下し、吸収される液滴の数が減少する。
汎用品が回数を重ねるにつれて吸収された液滴の個数が低下し、5回目には完全に吸収されなくなるのに対して、『ハイドロスルー PS-887』で処理した不織布は3回目まで10滴全てを吸収し、5回目においても7滴吸収しており高い「繰り返し透水性」を示した(図5)。
また、通常、不織布表面に親水化剤が残存しやすくなると、「繰り返し透水性」は高くなるが、同時に親水化剤が水分を保持しやすくなってしまうため、液残りは多くなる。液残りが多いと、衛生用品を使う際のべたつき感を引き起こす原因となるため、高い「繰り返し透水性」を維持しながら、液残りを低減することが求められる。
図6は透水後の不織布への液残りの状態を比較した写真である。青色に着色した生理食塩水150mLを通した後、1分後、3分後の様子を観察した。
『ハイドロスルー PS-887』で処理した不織布は汎用品と比べて不織布上の青色が薄く、液残りが少ない。当社は長年の界面制御技術の知見から、表面に残存しても水分を保持しにくい界面活性剤を見いだし、高い「繰り返し透水性」と液残りの少なさを両立した。
当社が開発した『ハイドロスルー PS-887』は疎水性の不織布に耐久親水性を付与できるほか、表面に水分子が吸着することにより静電気防止性が向上することも期待できる。これらの機能を視野に入れながら、今後はさまざまな用途開拓を進め、人々の快適な生活や環境負荷の低減に貢献していきたいと考えている。
参考文献
1)不織布市場規模と市場規模株式分析- 成長傾向と成長傾向予測(2024~2029年)、(Mordor Intelligence)
2)Nonwoven Fabrics Market Size,Analysis, Growth 2024-2032(Claight Corporation)
3)不織布市場調査ー技術別(スパンボンド、ウェットレイド)、素材別(ポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチン、レーヨン)、エンドユーザー業界別-世界の需要と供給の分析と機会の見通し 2023-2035 年(Research Nester)