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三洋化成ニュース No.547
2025.04.11
一言で失敗と言っても、社会を揺るがす大きなものから、電車で一駅乗り過ごすといったささいなものまで、中身はさまざまです。僕が従事しているのは、一人でやっている家内制手仕事です。売っているものは考えごと、利害や責任はさほど大きくはありません。これが会社経営となると、納期や品質基準を守らないとお客様に多大な迷惑がかかるとか、従業員やサプライヤーにお金が払えなくなる、といった大きな利害と責任が伴います。それと比べると、僕の仕事はいたって気楽です。仕事をしくじったとしても、「もうあいつには頼むな」とか「出入り禁止にしろ」――自分の評判が悪くなるだけ。他の誰かに決定的な損失を与えてしまうようなことは少ない。重い責任のある仕事をしている人からすると、僕の失敗についての認識は軽くて甘いでしょう。
そんな僕でも、「ああ、本当の失敗とはこういうものなのか」という大失敗をしでかしたことがあります。絶対悲観主義の僕にとって、失敗は平常状態と受け止めてはいましたが、この時ばかりは事情が違いました。この失敗がどういうものなのかは、ここでは書けません。口に出しては言えない類いの失敗だとお察しいただければ幸いです。概略だけを言うと、何とかしてある人の力になりたいと思ってやった僕の行為が、結果的にご本人に大迷惑をかけてしまった。力になるどころか、足を引っ張りまくる結果になってしまった、という話です。
うかつなことに、自分がそういう失敗をしているという自覚がまるでありませんでした。微力ながらその人の力になれたと勝手に思っていたのですが、しばらく後に突然第三者から電話があって、「取り返しのつかないことをやってくれましたね……」という趣旨のことを冷たい声で言われました。仕事が終わった後、ジムでトレーニングをして、サウナに入ってすっかり気持ちよくなって出てきた時に電話がかかってきたので、余計にインパクトがありました。相手は取り返しがつかない迷惑を被っているらしい。僕としても、その人に合わせる顔がありません。
さすがにこの時ばかりは落ち込みました。そんな時にふと見つけた本が、畑村洋太郎著『回復力失敗からの復活』です。僕のために書いてくれたのではないかと思うタイトル、すぐに購入して読みました。
畑村先生は失敗学の提唱者であり専門家です。先生はおっしゃいます。人間は失敗の直後に正しい対応をとることはできない。大きなショックやダメージを受けた時には、風船に穴が空いたような状態になってしまう。本来回復に向けて動いていくためのエネルギーが、その穴からシューッと漏れていく。そういう状態の時にじたばたしても、正しい判断や行動ができない。回復どころかさらに間違った行動に出る。ダメージがさらに大きくなるという悪循環にはまり、自滅してしまう――大失敗をしでかした直後の僕は、まさにそういう状態でした。
では、どうすればいいのか。頼りになるのは「待つ力」です。何をやってもいい。逃げてもいい。誰かに愚痴をこぼしてもいい。おいしいものを食べて、酒を飲んで、布団をかぶって寝てしまう。とにかくエネルギーが抜けている時には、何でもいいから気晴らしをしろ、というのが畑村先生の結論です。気晴らしならば得意中の得意の僕は、早速飲酒以外のおすすめを全部やってみました(お酒が飲めないので)。そのうちに受け止める力が戻ってきました。
失敗すると、「こうしておけばよかった……」と必ず後悔にさいなまれます。人が自分の失敗をどう思うかが気になります。しかし、そんなことを考えていてもキリがありません。失敗は状況の産物です。場当たり的な判断基準で動いた結果の失敗であれば、いつまでも後悔することになります。失敗は避けられないにしても、ブレない絶対的な判断基準を持つことはできます。要するに、「お天道様に向かって堂々と話せるかどうか」だというのが畑村先生の見解です。一時的な逃避はいいけれども、保身のためのズルやうそは絶対にいけない。例の大失敗の後、正直に申しまして、保身のためにどうにかズルできないかと僕も思いましたが、畑村先生がそれだけはやるなというので、何とかこらえました。
とにかく目の前のできることを、淡々とやればいい。そのうちに時間は必ず過ぎていく。「時間よ止まれ」と矢沢永吉氏は言いますが、実際の時間は止まることがありません。「罪なやつさ、どうやら俺の負けだぜ……」というわけで、ある程度の間「まぶた閉じ」ていれば、時間の経過のなかで失敗を冷静に受け止めることができるようになります。
経営学者。1964年東京都出身。1 9 8 9 年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。