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[vol.5] アカエゾマツの楽園 雌阿寒岳北西山麓のきのこの森

三洋化成ニュース No.512

[vol.5] アカエゾマツの楽園 雌阿寒岳北西山麓のきのこの森

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2019.01.11

北海道の木

ベニカノアシタケとアリドオシラン

ベニカノアシタケとアリドオシランの共演

雌阿寒岳は日本百名山に選ばれており、夏山シーズンの休日ともなれば多くの登山者でにぎわう。その代表的な登山口が十勝の足寄町にある雌阿寒温泉で、周囲には広大な天然林が広がっている。

この辺りの森で多く見られる樹種は、何といってもアカエゾマツだ。日本国内では、ほぼ北海道内でしか生育しておらず、エゾマツ(クロエゾマツ)と合わせて「北海道の木」に選定されている、名実ともに北海道を代表する樹木だ。「ほぼ」と書いたのは、実は、岩手県の早池峰山で、小規模ながら遠隔分布しているから。北海道の山地や亜高山帯では普通に見られる樹木だが、本州の生育地域は、国の天然記念物や自然環境保全地域に指定されている。

アカエゾマツの魅力

アカエゾマツは、高さ30~40メートル、幹の太さ1~1.5メートルほどに達する(湿原などでは小型)、マツ科トウヒ属の常緑針葉樹だ。阿寒湖周辺で、やや赤いうろこ状の樹皮のマツを見かけたら、ほぼアカエゾマツだと思っていい。均整のとれた円錐形の立ち姿は美しく、幼木はクリスマスツリーそのものだ。

基本的にほかの樹種と混交している場合が多いが、雌阿寒岳の山麓、そして、山麓から三合目にかけては、ほかの樹種とは混交しない「純林」が広がっている。というのも、アカエゾマツは、湿地、溶岩上、火山礫の土壌、あるいは海岸の砂丘など、栄養が乏しく、ほかの樹種が育たないような劣悪な環境でも生きていけるから。硫黄への耐性も高いという。

エゾサルノコシカケ

極寒の冬にも耐えるエゾサルノコシカケ

個人的には、このアカエゾマツの純林を見るためだけでも、この地を訪れる価値が十分あると思っている。とはいえ、きのこが見つからないことはあり得ないのだが……。

アカエゾマツの森へ

雌阿寒温泉から、北海道三大秘湖の一つで有名な景勝地であるオンネトー方面へ遊歩道を進むと、空気の香りや皮膚感覚ががらりと変わる。純林、とはいうものの、トドマツ、エゾマツ、ダケカンバ、ミズナラなど、ほかの樹種もたくさん見ることができる。見上げると、数十メートル上をアカエゾマツの針のような葉が、まるでドームの屋根のように黒くびっしりと覆い尽くしており、地上から数メートルの高さには、チシマザクラ、ナナカマド、イタヤカエデなどの広葉樹が、やや所在なさそうに葉を広げている。秋になるとそれら広葉樹の紅葉が思いのほか美しい。また、初夏に可憐な花を咲かせるハクサンシャクナゲもたくさん自生している。

木々の葉で陽光が遮られるために、地上はササがやぶを作ることなく、落ち葉の降り積もった地面を覆うように、各種高山植物、コケ、シダなどがびっしりと生い茂っている。また、至る所に倒木がある。マツの仲間は、根を地中に垂直に伸ばさず横に広げるので(生えているというよりも置いてあるイメージ)、冬に低気圧が発達して暴風が吹くと、けっこう簡単に根こそぎ倒れてしまうのだ。

倒木は天然林の象徴だ。人間が管理している場所であれば、無駄なものとしてすぐに片付けられてしまうだろうが、天然の森では、きのこをはじめ、いろいろな生物の餌やすみかになる。倒木は決して無駄や邪魔ではなく、森の宝物といっても過言ではない。しかも、太く大きな木が倒れれば、間引きしたのと同じく、そこからまた森が活性化されていくのだ。

 

地衣類や高山植物が生えた根株

地衣類や高山植物が生えた根株は「小さな森」だ

 

遊歩道をさらに進むと、所々に開けた場所があり、空へと真っすぐに伸びた太くて大きなアカエゾマツを、根元からてっぺんまで見渡せる。この辺りは、真冬の気温が零下25度を下回るほどの寒冷地なので、木々の生育は遅いはず。大人が二人でも抱え切れないほどの太さになるまでの、気の遠くなるような時間に、つい想いを馳せる。

もう一つの「小さな森」

仕事柄、というか、個人的な嗜好により、ぼくはどの森を訪れても、地面と倒木ばかり見る傾向がある。そう、大好きなきのこや粘菌(変形菌)を探すためだ。初夏から夏にかけて、ゴゼンタチバナやマイヅルソウやアリドオシランが可憐な花を咲かせていても、秋に紅葉した木々の葉が地面に美しい錦絵を描いていても、気になるのは、その隣に、脇に、生えているであろう、オウバイタケなどの小さなきのこたち。しゃがみこんで、地面をじっくり眺めると、あちこちに小さなきのこが生えていることに気付く。歩きながら探しても決して目に入らない小さな妖精たちである。

さらには、何年も同じ倒木を観察していると、季節ごと、というより、一週間単位で、発生するきのこの種類が入れ替わるし、経年変化によっても発生するきのこが違う。自他ともに認める倒木ファンとしては、ルーペを片手に、倒木上の「小さな森」を見る楽しみを、多くの方にお伝えしたいと強く思う。

雌阿寒岳の麓に広がるアカエゾマツの純林と、その倒木に広がる「小さな森」は、いつ訪れても、特別な時間を過ごさせてくれる、とっておきの場所である。きのこなど「隠花植物」ファンであればなおさらだ。

スギタケ

アカエゾマツの倒木から発生したスギタケ

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉

1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。

きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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