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三洋化成ニュース No.508
2018.05.01
我々の生活に欠かせない金属は、もともとエネルギー的に安定な状態で自然界に存在している酸化物や硫化物、炭酸塩などにエネルギーをかけて還元(精錬)し、準安定な状態にすることで生産される。得られた金属は、展延性に富み、機械工作が可能な、常温で光沢を有する固体(水銀を除く)の物質であり、電気や熱をよく伝導するなどの特長を活かして、輸送機、建築物(建物、橋梁、道路)、電化製品など、快適な生活には欠かせない幅広い用途で利用されている。
一方で、準安定な状態であるこれらの金属には、元の安定な状態に戻ろうとする作用が働き、「さびる」という宿命がある。金属がさびると安全面、機能面だけでなく美観も損なうこととなる。湿度の高い日本での腐食による経済的損失は莫大であり、資源の有効活用のためにもさびを防ぐ対策を講じることは重要であるといえる。
通常我々が目にする「さび」は、金属に水や酸素が作用して酸化物や水酸化物に変化した腐食の一種である。前述のように、金属は準安定状態にあるが、これには、金属の特徴である自由電子が関係している。金属は、規則的に並んだ金属原子の間を自由電子が動き回ることで、強い結合力や高い電気伝導度・熱伝導度といった特徴が生み出されている。一方、自由電子が動き回っていることでエネルギー状態が高くなっており、そのエネルギーを失うことにより安定な状態に戻ろうとする。そのため、電子の授受が行われやすく(電位差が生じやすく)、例えば水に触れ、一部イオン化するなど何かのきっかけで生じた電位差により、容易に酸化されて安定な酸化状態(自由電子が酸素にとらえられ、自由に動かない状態)に戻る。これが「さび」だ。
今日使用されている金属材料の約95%を占め、我々にとって最も身近な金属である鉄(Fe)を例に、大気中での「さび形成のメカニズム」を図 1に示す。さびは金属表面に形成される薄い水膜内にプラス極、マイナス極を有するミクロな通気差電池(溶存酸素やイオンの濃度差によって発生する微小な電位差)ができて腐食が始まり、化学的に酸化反応が行われる部分と還元が行われる部分の中間領域に小さな点状さびが形成され、「さびはさびを呼ぶ」現象により、広範囲に広がっていくことになる。
さびを防ぐにはその環境では腐食しにくい金属材料を選定する以外に、金属を腐食環境から保護する方法がある。塗装、メッキ、ライニングなどの表面被覆や、防錆剤を用いる方法、また、さびは電気化学的に生じるため、微弱な電流を金属表面に流し、腐食電位を消して防食する方法なども有効な防錆方法となる。防錆機能発現を必要とする期間は、工程中の一時的な防錆から何十年~半永久的な持続を求めるものまでさまざまであり、また、各用途での主要要求項目に影響を及ぼさない方法を選定する必要がある。
防錆剤による防錆は、防錆剤を塗布したり溶液中に添加するなどして金属表面に防錆皮膜を形成し、防錆する方法である。ほかの防錆方法に比べて特殊な設備をほとんど必要とせず、また、防錆対象となる金属の形状に左右されず使用できるため、多岐にわたった分野で活躍している。
防錆剤は水溶性、油溶性、気化性に分けることができ、水溶性、油溶性防錆剤はそのまま防錆油として塗布したり、溶液に添加して使用する。気化性防錆剤は気化した防錆剤が金属表面に皮膜を形成するとともに空気中にも充満し、空気中の水分が金属と反応することを防ぐ。
水溶性防錆剤には無機系のものと有機系のものがあり、防錆皮膜の形成機構から、酸化皮膜型、沈殿皮膜型、吸着皮膜型の三つのタイプに分類される。表1に防錆剤の種類と金属表面に形成される皮膜の特徴を分類し1)、水溶性防錆剤の三つの皮膜型のイメージを図 2に示す。これらのうち、有機系の防錆剤は吸着皮膜を形成する界面活性剤を主体にしており、溶液中で良好な皮膜を形成する。
界面活性剤系の防錆剤は、分子中に疎水基(親油基)と極性基を持っており、水溶性防錆剤の場合は、図 3に示すようにその極性基で金属素地に吸着し皮膜を形成すると同時に、疎水基で水や酸素を遮断して金属が腐食されるのを防止する。
一方で、油溶性防錆剤の場合は、油に溶解するのに必要な大きさの親油基を持ち、基油中で極性基を金属素地に向けて吸着する。その吸着分子内に基油の分子が入り込み、図 4に示すように混合吸着して機能を発現する。
これら吸着皮膜型防錆剤は金属素地との吸脱着を繰り返す。より緻密で強固な吸着皮膜を形成するほど防錆効果が良好になる。
防錆剤が必要とされる現場や工程の状況(対象金属、さらされている雰囲気や温度、要求される持続性やターゲットレベル、そのほか混合物や使用時の混入可能性物質の影響、コスト面の許容レベルなど)は複雑多岐にわたっており、適切な防錆剤を選定し、適切な条件で使用することが要求される。
ここからは、主に自動車車体、電化製品、建物などの用途において、鉄鉱石から鋼板を経て加工されるまでの工程フロー(図 5)のうち、防錆剤が適用されている四つの工程を簡単に説明する。
鉄鉱石をコークスで還元し、鉄のスラブとした後に、熱間圧延された鋼板の表面には、さびの一種である黒皮ができる。この黒皮除去のために塩酸や硫酸などの酸の水溶液に鋼板を浸漬するが、鉄素地を溶解させすぎて表面を粗くさせないために、防錆剤が添加される。
さび止め効果の大きいものは、窒素原子や硫黄原子またはこの両方の原子を含む、比較的分子量が大きい化合物で、ヘキサデシルアミン、ロジンアミンやそれらのエチレンオキサイド付加物、ヘキサデシルアンモニウムクロライド、ドデシルアンモニウムクロライド、オレイルイミダゾリンなどが挙げられ、通常これらを2種以上組み合わせて使われる。
鋼板を薄板に加工する冷間圧延工程では、ワークロールの摩擦防止や鋼板の仕上げ面を良くするために、パーム油や鉱物油などを乳化剤で水に乳化させた圧延油が使用される。この圧延油には防錆剤が添加されており、潤滑性も良好な脂肪酸エステルやアルケニルコハク酸などが使われる。
製品として仕上がった鋼板は、運搬や保管中にさびが発生しないように、さび止め油を塗布して出荷される。さび止め油に添加される防錆剤は油溶性のものが多く、酸化パラフィン、脂肪酸、ナフテン酸、アビエチン酸、ダイマー酸、アルケニルコハク酸およびその塩、石油スルホン酸およびアルキルナフタレンスルホン酸とその塩、ソルビタンモノオレートなどのエステル類が使われる。
プレス油、切削油、焼き入れ油などの金属加工には、加工に用いる機械や加工製品のさびを防ぐために防錆剤が添加される。特に水溶性の加工油ではさびが発生しやすく、大きな問題となる。過去に使用されていた能力に優れる防錆剤が環境や人体に対して影響を及ぼすとの懸念から、現在は特定のアルカノールアミンと有機系の芳香族カルボン酸や脂肪酸類の塩などを数種類組み合わせて使われる。一般に水溶性加工油は長時間使用されるため、劣化腐敗や無機腐敗性イオンの混入などにより、次第にさびやすい環境に置かれていくことになるため、防錆剤には劣化を受けにくいことも求められる。また、ポンプなどから吐出循環使用されるため、低起泡性であることも要求される。
最後に、当社防錆剤の種類と特長を表 2 に掲げる。
これらは金属表面に吸着配向してさび止め皮膜を形成し、さびの発生を防ぐ有機系の防錆剤で、水溶性と油溶性がある。水溶性の防錆剤は、金属部品の一次防錆に使用されたり、冷却水や水溶性金属加工油などに添加される。また油溶性の防錆剤は、潤滑油、燃料油、油溶性金属加工油などに添加して、これと接触する金属部品の腐食抑制に使われる。
以下、当社防錆剤の鉄に対するさび止め性の評価結果を例として示す。
表 3は水溶性防錆剤の鉄に対するさび止め性の評価結果、表4は油溶性防錆剤の鉄に対するさび止め性の評価結果である。表 3、4に示す通り当社防錆剤は、鉄に対して優れたさび止め効果を示す。
防錆性能が必要とされる用途や対象は多岐にわたり、その要求項目は厳しくなる一方であり、環境への配慮や安全性も重要視していかなければならない。顧客のニーズに対応した製品の提供や新製品開発に尽力していく。