MENU

気軽に議論を楽しむために

三洋化成ニュース No.497

気軽に議論を楽しむために

シェアする

2016.07.05

つくば言語技術教育研究所 代表取締役 三森 ゆりか〈さんもり ゆりか〉

東京都生まれ。
上智大学外国語学部ドイツ語学科卒。商社勤務を経て、ドイツ式の言語技術教育システムを参考に独自でカリキュラムを考案し、1990年に「つくば言語技術教室」(現「つくば言語技術教育研究所」)を開設。現在は同研究所のほか、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、学校、大学、企業などで講師を務める。著書に『大学生・社会人のための言語技術トレーニング』、『論理的に考える力を引き出す―親子でできるコミュニケーション・スキルのトレーニング』、『サッカーのためのロジカル・コミュニケーションスキルアップブック』など多数。

 

写真=本間伸彦

議論が苦手という日本人は少なくありません。そうなるのは日本人が議論やコミュニケーションの技術を学んでいないからで、訓練すれば誰でも議論を楽しめるようになると力説するのは、つくば言語技術教育研究所代表の三森ゆりかさんです。欧米の学校教育で当たり前のように用いられているコミュニケーション・ルールを教育に取り入れることを提唱する三森さんに、お話を伺いました。

論理的に考えるプレーでサッカーが上達する

-- 三森さんは、日本サッカー協会(JFA)でコミュニケーションの技術を指導されているとお聞きしました。サッカーとコミュニケーション・スキルにはどんな関係があるのですか。

私が教えているのは主にコーチングスタッフです。私に仕事を依頼した田嶋幸三JFA会長の経験では、子どものサッカー教室では次のような練習をよく行うそうです。ゲーム中に、監督が「今、なぜそのパスを出したんだい?」と尋ねる。すると、海外では子どもたちは「だってペーターは足が速いから、そこに走るべきなんだ」「僕はここにパスが来たら、ドリブルで仕掛けようとしていたよ」と、口々に自分のプレーの意図を話します。しかし、日本で同じことをすると、子どもたちは黙り込んでしまうんです。自分自身で答えを探さず、コーチの答えを待っている。日本の子どもたちは、自分の考えを表現することがとても苦手なのです。私もJFAアカデミー福島の少年たちを指導した時に同じことを感じました。

-- 日本と海外で、なぜそんなに違うのですか。

日本の学校では、問題に対する正解は一つで、答えが合っているかどうかだけが評価されます。でも欧米諸国では、小学校低学年で言語技術を通じてクリティカル・シンキングを学びます。自分の頭で「なぜ」と考え、口頭や記述で表現し、議論し問題解決する方法を、学校で学ぶんですね。サッカーなら、論理的に考えてプレーし、意見交換することで、プレーのミスを減らしていくというように。何も考えずにボールを蹴っていても上達しません。

-- 相手に伝わることを目的に、論理的、分析的、多角的に考えるのがクリティカル・シンキングなんですね。

そうです。私がJFAで指導した時に、海外で育ったある有名な選手が「こんなの、僕は子どものころからやっているよ」と言っていました。「日本人は考えていることを言ってくれない、だから話が通じない」と。

根拠を挙げて、論理的に情報を読み取る

-- 三森さんは、いつ欧米と日本のコミュニケーション技術の違いに気付かれたのですか。

私は父の仕事の都合で、13歳からドイツで過ごしました。学校の授業はすべて議論中心で、ドイツ語が話せるようになっても発言できず、小論文を提出しても全く評価されない。悔しかったです。後に、日本の総合商社に勤め、ドイツ人と日本人の会議の議事録の翻訳の仕事をしているうちに、私が授業に付いていけなかった理由に気付きました。ドイツの小学生が習うクリティカル・シンキングやクリティカル・リーディングを日本で学んでいなかったからなんです。そこで、まず自分の子どもたちが国際社会で通用するようにと、塾を開いて教え始めました。

-- どんなことを教えていらっしゃるのですか。

クリティカル・リーディングでは、ある文章からどんな情報が読み取れるのか、すべてに根拠を提示する思考方法を教えます。例えば童謡の「たきび」なら、この歌の季節は冬だとなぜ言えるのか。それは、歌詞の中に「北風」とあって、辞書には「北の方から冬に吹く冷たい季節風」だと載っているから。あるいは「山茶花」が道に咲いているとあり、この花が咲くのは秋の終わりから冬だから。それで冬と言えます、と。

-- 私は子どものころ、国語が得意で、「この登場人物の感情について”正しい” のはどれか、ア〜エの中から選びなさい」という問題があったら、これだと選んで、たいてい正解でした。これは論理的ではないんですね。

そうです。クリティカル・リーディングは「A、B、Cの3つのデータから論理的に考えて、そこから導き出せる解決策としてこれが”一番妥当”であろう」という考え方をします。絶対の正解はない。

-- 日本の国語は、登場人物の感情を読み取らせることが多いですよね。

欧米では、登場人物の感情を読み解く時にも根拠が必要です。根拠がなければ論理的な説明ができませんからね。

-- このトレーニングは、何歳から始められるのですか。

幼稚園児からできますよ。絵本の絵を見せて、場所はどこで、時間はいつで、誰が何をしていて、何が何個ある、と、書かれた事実を取り出させるんです。子どもが「これは○○だよ」なんて言ったら、「どうしてそう思うの?」と聞く。これがクリティカル・リーディングです。アメリカの医学部では、画像診断の訓練として絵の分析が導入されています。サッカーでも、絵の分析能力が高い人は、関係性や理由を考えながら対象を見る目を持っていますから、状況判断が早いのです。

教員を対象に言語技術を研修する三森さん

話し方のルールを学び、伝える力を鍛えよう

-- 社会人にとっても、読む技術や話す技術は必要ですね。グローバル社会になると、外国の人たちとのやり取りが増え、交渉したり説得したりすることもあるでしょうから。

日本人同士でも、ルールを共有して話をすると、短時間で会議を終わらせたり、食い違いなく話し合いをしたりできますよ。ほかに、分析・表現したことを、報告書や企画書などで記述する力も身につきます。

-- 会話はどうですか。日本人同士で会話すると、主語が抜けるとよく言いますよね。

対話の訓練の一つに、問答ゲームがあります。ある質問に対して、四つのルールを守って答えるんです。「主張を最初に持ってくること」「主語を入れること」「根拠を入れること」「まとめの言葉を述べること」。では森さん、「あなたは5時間働くことに賛成ですか?」。

-- 賛成です。なぜなら…。

主語が抜けましたね。

-- あっ、そうでした。私は、賛成です。なぜなら、私は5時間働いて子どもとの時間を持ちたいからです。

ちょっと論点がずれました。その5時間で、帰る時間を早くして、自分の自由な時間を確保するということを先に言わないと、話が飛躍してしまいます。

-- 難しいですね。

面倒くさいなあと思うでしょう? でも欧米人は、まとめの文以外の3点はほぼ入ります。

-- 外国の人と話す時には、外国語がしゃべれるだけでなく、話す技術も必要なんですね。

話し方のルールを共有しないで、どんなに流ちょうな英語でしゃべっても、コミュニケーションが取れるわけではないんです。では森さん、この絵〈図1〉を見て、何が描かれているか説明していただけますか。

〈図1〉

-- はい。飛行機と、車と、船の絵が付いた青いカバンです。

説明しなければならない要素がたくさんありますよね。これをどんな順番で整理すれば相手に伝わりやすいか。日本人は色や模様を先に言ってしまうんですが、最初に伝えないといけないのは手提げカバンだということ。

-- なるほど。では、青い縦長の手提げカバンです。

今、すでに情報がバラバラですね。形の中に色や模様が入っているので、形が最初です。その次は、素材と色と模様が残っていますが、模様には色が入っていますから、模様と色は仲間で、素材が仲間外れ。ここで、ビニールの青と布の青は違うから、素材を先に言う。そうすると、ぴかぴか光った青だなとイメージが伝わりますね。

-- 「これは手提げカバンです。縦長で31センチ×28センチです。ビニール製で、色は青です」となるんですね。次に模様ですか。

そうです。模様は、配置から先に。「中央に三つの模様が縦に並び、すべて乗り物で、上から順に、白い飛行機・赤い車・緑の船です」となります。これが欧米で言語技術の教育を受けてきた人たちが共通して知っている、相手に混乱なく物事を伝える方法です。

-- 今のことをバラバラの順番で言ったら、どれだけ流ちょうな英語でも伝わらないですね。自分が思い描いているものを、相手も同じように想像できるように説明する技術は、企業でも役立つのでは。

言語技術は、一つ一つ切り離せるものではなく、総合的な力です。問答ゲームは対話の方法論。クリティカル・リーディングは、情報の読み取り方。問答ゲームとクリティカル・リーディングが身につけば、議論ができます。そのうえで説明の方法を学ぶ。そうすると、自分の意見をどう組み立てれば、説得力をもって相手に伝わるかが分かり、議論が楽しくなってきます。

問題を言語化し伝える能力を身につける

-- 欧米人は、意識しないで日常的にこんな論理的な話し方をしているんですね。

私は、問答ゲームはメンタルトレーニングにもなっていると思います。就職活動をした教え子たちが「三森先生にいつも畳みかけられていたから、面接官に何を聞かれても答えられた」と言っていました。今の若者は畳みかけて聞かれることが苦手なのでしょうね。

-- 「私はこういう理由で御社を志望します」という発言に対して、「それは具体的にどういうこと?」とか「この会社である理由は?」とつきつめられると、答えられないのでしょうか。

そうですね。日本の不登校や引きこもり、早期離職率の高さなども、これが原因ではないかと思うんです。

-- 欧米には引きこもりの人はいないんですか?

不登校の延長のような引きこもりが非常に多いのは、日本だけです。コミュニケーションがうまく取れなかったり、自分の意見が言えなかったりするのが嫌で、なんとなく休んでしまって、そのまま引きこもってしまう。

-- 問題が発生した時、自分が何をつらいと思っているのか、誰かに伝えることもできないわけですね。論理的に読み・書き・考える技術があれば、自分の悩みをまず分析して、その解決のためにどうしようかと考えることができる、と。

それも全員ができることが大切なんです。でないと自分で意見を述べる力のある人が述べる場を持てないということから、引きこもりにつながるケースもあるんです。一方、欧米では授業で習った議論の方法を使って全員で話し合うので、一人だけが抱え込んで引きこもるということはほとんどないと、現場の教育関係者たちから聞いています。もしそのような事態が発生した時には、教員などがきっちりと対応するそうです。

-- あと、日本人は自分の意見を否定されると、自分自身を否定されたと感じてしまう人も多いですが、そうではないと分かることが大事ですね。

そのためにクリティカル・リーディングが必要なんです。必ずデータに基づいて意見を交換し、絶対の正解はないと知っていれば、相手の人格の否定にはなりません。欧米の子どもたちは毎日、学校の授業で議論を楽しみ、授業が終われば「今日は負けたけど、次は勝つからね!」という感じで、一緒に仲良く遊んでいますよ。

-- 分析をしないで議論をしようとすると、感覚同士の戦いで相手を言い負かすことになってしまい、必要以上に人を傷つけかねませんね。

理系の人こそ言語技術を使ってほしい

-- 日本では全部を言葉にしないとか、察し合うとか、そういうことが美徳の一つとされていますね

私は、日本人は「みなまで言わなくても分かってもらえる」とあぐらをかいているのではないかと思っています。「微妙」とか「ヤバイ」と言えば何となく伝わると思っている人が多いでしょう。欧米人は目の前にあるデータに基づいて論理で突っ込んできますから、訓練を受けていない日本人は対応できません。

-- クリティカル・リーディングは、理系の論文の考え方みたいですね。

そうですね。科学論文は、データや言葉で論理的に組み立てて書きます。考えたり分析したり論証したりと、研究にも必ず言葉が介在しますから、理系こそクリティカル・リーディングやクリティカル・シンキングが必要です。

-- 正しく伝えられなかったら、せっかくいい研究をしていても、論文にまとめたり発表したりする段階でつまずいてしまう。

日本の理系の研究者は、国語が苦手だから理系に進んだ人が多い。しかし、非常に論理的な考え方をする子どもはたいてい、学校の国語の授業は苦手でも言語技術は非常に優秀です。文系理系問わず、考え方や話し方のスキルをきちんと教えるべきです。

-- 日本では、今ダイバーシティー(多様性)を認めていこうという動きが出てきています。いろいろな考え方や立場の人と対話する時には、コミュニケーションの技術を共有することが大切ですね。

その通りです。私は教員を対象にした研修もやっているのですが、私立学校を中心に言語技術を導入する学校が増えています。

-- ハラスメントやコンプライアンス、女性活躍推進における男女の考え方の差異…企業で起こっているいろいろな問題の解決にも役立つのではないかと思います。

ダイバーシティーが進み、問題が複雑になってきた時に、いままでなあなあで済ませてきた部分を言語化せざるを得なくなってきます。その時に、皆が同じコミュニケーションのルールのもとに話し合えるのが理想ですね。

-- 言語技術を最低限身につけるには、どのくらい時間がかかるのでしょうか。

企業研修の場合、最低でも12時間は欲しいですね。そこから先は、現場で皆さんが意識して使っていくのがいいですね。重要なのは、同じ目的に向かって全員で学んで、皆のベースを同じにすること。

-- 一人で「主語が抜けた!」なんてやっていても、「あの人うるさいなあ」と言われてしまうだけですね(笑)。

やってみると楽な面も出てきますよ。誤解が減って、相手の指摘をきちんと受け止められるようになります。考え方や話し方の言語技術がもっと社会に浸透して、いろいろな場面で使っていただけるとうれしいです。

-- 気軽に議論を楽しむ文化が日本にも根付くといいですね。本日はありがとうございました。

と き:2016年4月27日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて

関連記事Related Article

PAGE TOP