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三洋化成ニュース No.514
2019.03.08
潤滑油添加剤事業本部
ユニットチーフ 阪口 歩
[お問い合わせ先]潤滑油添加剤事業本部営業部
SDGsをはじめとした持続可能な社会の構築のために、地球温暖化防止に向けた環境対策が進められており、今や企業だけでなく家庭でもCO2の排出量削減や省エネルギーへの取り組みが行われている。国内の温室効果ガスの総排出量を見ると2013年をピークに排出量は徐々に減ってきている1)。自動車からのCO2排出量は約2割を占めていることから、燃費向上は重要な課題である。燃費基準については、国土交通省と経済産業省主催の分科会で目標が取りまとめられ、各企業単位におけるトータルでの乗用車の燃費基準が2020年には20.3㎞/ℓ(2015年は17.0㎞/ℓ)まで引き上げられる予定である。この対応策として、車両の軽量化、エンジンの燃焼効率向上、ハイブリッドカーや電気自動車へのシフトなどが進められており、その一つに潤滑油の高性能化がある。この潤滑油の高性能化に、大きく寄与するのが粘度指数向上剤(Viscosity Index Improver、以下VII)である。本稿ではVIIの種類、動向、作用機構と当社のエンジンオイル用高性能VII『アクルーブ』について紹介する。
エンジンオイルや駆動油などの潤滑油は、摩擦を低減して機械を円滑に動かすために欠かせないものであり、その機能発現のための要求性能のなかでも粘度は重要な性質である。潤滑油は、低温から高温(おおよそ-30~150℃)の広い温度領域で使用される。液体の粘度は一般的に高温で低く、低温で高くなる性質を示すが、潤滑油は粘度変化が小さいことが望まれる。例えば夏場の長時間走行時のように潤滑油が高になる環境で、粘度が低くなりすぎると、金属上での潤滑油の油膜が薄くなることで潤滑性が低下し、摩耗や焼き付きなどの問題を起こすことがある。また冬場の始動時のような低温時に潤滑油の粘度が高すぎると、粘性抵抗によるエネルギーロスが大きくなり燃費が悪化するのである。この温度による粘度変化を小さくするために潤滑油に添加されるのがVIIであり、粘度変化が小さい(粘度指数が高い)ほど燃費向上への効果が高い。
VIIは、化学組成からオレフィンコポリマー(OCP)系、ポリメタクリレート(PMA)系の二つに大きく分類される。OCP系には表1のような種類がある。PMA系は、OCP系に比べて粘度指数向上性能に優れる、つまり燃費向上への効果が高く、近年の世界的な環境負荷低減に対する取り組みの高まりを受けて、国内だけでなく海外でも使用例が増えている。
エンジンオイルは、基油と呼ばれる鉱物油や合成油に各種の添加剤を加えたもので、ピストンの往復で生じる摩擦の低減、エンジン内部の清浄化、気化室の気密保持など種々の役割を果たす。その性能は、SAE(米国自動車技術者協会)粘度分類とILSAC(国際潤滑油標準化認定委員会)/ API(米国石油協会)規格によって分類されている。SAE粘度分類は低温、高温の二つの粘度特性が表記されているマルチグレード規格が主流で、ユーザーが自分の車に最適なオイルを選択できるようにしている。日本の低燃費自動車の多くは0W-20グレード(0Wは低温粘度、20は高温粘度を示し、どちらも数字が小さいほど燃費特性に優れる)である。
ILSAC / API 規格は、エンジン試験における各粘度グレードの省燃費性を規定した規格であり、基準を満たしたオイルに対し認定が行われる。この規格は省燃費化のニーズとともに、改定されるたびに基準が強化されてきた。省燃費性は、高温高せん断粘度(HTHS 粘度)が低いほど良くなるといわれているが、低すぎると油膜によるクッション切れを起こして摩耗が増加する。150℃の高温高せん断下での最低粘度を保証しながら、燃費への影響が大きい80~100℃における粘度をより下げることが求められている。これに大きく寄与するのがVIIである。これまでエンジンオイル用VIIとしては安価かつ少量の添加でSAE粘度分類の規格を満たすOCP系が主流であったが、ILSAC / API規格の省燃費性が厳しくなってきたことから、OCP系よりも粘度指数向上性能に優れるPMA系が使用されるケースが増えてきている。
VIIの主成分は重量平均分子量が1 万~50万程度の鎖状の油溶性ポリマーである。その作用機構は、潤滑油中での油溶性ポリマーの溶解状態の変化を利用している。高温ではポリマーの潤滑油への溶解性は上がり、分子鎖は伸びて広がった状態をとることで潤滑油の粘度を大幅に増加させる。逆に低温ではポリマーの溶解性が下がり、分子鎖は糸まり状に丸まった状態となり、潤滑油の粘度はそれほど上昇しないとされている。つまり、VIIの働きは、適正な範囲内で潤滑油の粘度を保持させることである[図1]。温度による潤滑油の粘度変化の大きさは粘度指数という数値で示し、粘度指数が高いほど温度による粘度変化が小さく、潤滑油には好ましい。PMA系は温度変化による分子鎖の広がり、収縮の差が大きいことから粘度指数向上性能に優れている。
VIIに求められる主な性能は、粘度指数向上性能とせん断安定性である。
[粘度指数向上性能]
前述の通り粘度指数向上性能は温度変化に伴うポリマーの溶解状態の挙動変化を利用しており、①基油への溶解性、②分子量の影響を受ける。①基油への溶解性:溶解性の指標として溶解度パラメーター(SP値)が用いられる。SP値とは溶媒への溶質の溶解のしやすさを示し、SP値差が小さいほど溶解性が高いことを示す。VII のSP値とVIIを添加した潤滑油の粘度指数との関係を図2に示す。PMA系の粘度指数向上性能がOCP系よりも優れているのは、溶媒である基油と溶質となるVIIのSP値差に起因する。基油のSP値(約8.2)との差が小さいOCP系(SP値=約8.2)は、溶解性が高く低温でも分子鎖が広がったままである。一方、SP値差の大きいPMA系(SP値=9.0~9.2)は、溶解性が適度に低いため低温では収縮し、高温での広がりとの差が大きくなるため、粘度指数向上能に優れる。②分子量:VIIのポリマーの分子量が大きいほど粘度指数が高くなる傾向がある。これは分子量が大きいほど温度変化に対する分子鎖の広がりの変化が大きいことに起因している。
[せん断安定性]
VIIのポリマーは、実使用中、機械のしゅう動部分(エンジン内のピストンとシリンダー壁のすり合わせ部分など)やギアによるかみ合わせの部分で生じる機械的圧力や摩擦などの大きな力(せん断力)によって、徐々に分子鎖が切断される。せん断安定性は、せん断力の大きい駆動油用で特に重要である。せん断安定性は分子鎖切断による潤滑油の粘度低下の割合で評価され、粘度低下率が低いほど優れている。せん断は分子量が大きいほど強く受ける。分子量が小さくなれば、せん断安定性は向上するが、粘度指数は低くなるため、分子量は目標性能に応じて最適化される。駆動用ではギアのかみ合わせなどで非常に大きなせん断力がかかるため分子量の小さなポリマーを使用することが多く、一方エンジンオイルでは駆動油と比べてかかるせん断力が小さいため、分子量の大きなポリマーを使用することが多い。
粘度指数向上性能に優れるPMA系において、さらなる省燃費性向上を可能にしたエンジンオイル用高性能PMA系VII『アクルーブV-6000』シリーズについて、以下に説明する。『アクルーブV-6000』シリーズは、独自の技術で設計した特殊な長鎖アルキル基を有する当社オリジナルの特殊モノマーと従来のモノマーを共重合したポリマーである。このポリマーは、従来技術では困難であった高いSP値でも基油に溶解することができ、かつ低温域でVIIがより収縮しやすくなる構造を有するため、従来の汎用PMA系に比べて、高いせん断安定性を維持しながらより高い粘度指数を実現している[図3]。当社オリジナルの特殊モノマーの比率を最適化することで、従来品よりもさらに高性能化を実現した。表2に当社のエンジンオイル用高性能PMA系VII『アクルーブV-6000』シリーズと従来品をそれぞれ添加した潤滑油の性能を示す。性能評価は、日本車の主流グレードの0W-20を想定して行った。150℃ HTHS粘度を保証粘度の2.6mPa・s に設定した場合、100℃ HTHS 粘度はOCP系の中でも省燃費性に優れるSCP系従来品に比べ約15% 低減、当社従来品『アクルーブV-5000』シリーズと比べても約3%低減できている。『アクルーブV-6000』シリーズは自動車の燃費向上に大きく貢献し、日本車を中心に省燃費対応エンジンオイルへの採用が進んでいる。使用される潤滑油の種類や処方によって異なるさまざまなニーズに対応できるよう、性能は従来品と同程度だが添加量を低減でき低コストを実現したもの(V-6010)、省燃費性に優れるもの(V-6050)をラインアップしている。『アクルーブV-6000』シリーズは、省燃費性に優れているため、後述する省燃費対応規格にも対応できるものである。また、エンジンオイルだけでなく、CVTF、ATF、ギア油などの自動車駆動油など、エンジンオイル用以外の『アクルーブ』シリーズも保有しており、より厳しいせん断安定性と粘度指数向上性能が要求される自動車用潤滑油添加剤として、幅広いニーズに対応している。
ILSACは現状の規格(GF-5)からさらなる省燃費性に対応した次世代規格(GF-6)への改定を進めており、2020 年後半から2021年前半にその改定が行われる予定である。そのため潤滑油における省燃費性向上の役割としてのVIIの重要性はますます高まっている。当社はポリマー設計の技術をより深化させ、さらなる高性能な製品開発を推進していき、当社の高性能な製品が自動車の省燃費化に寄与することで、温暖化ガスの排出量低減を通して環境負荷の低減に貢献していく。
参考文献
1)国立研究開発法人 国立環境研究所発表「2017年度の温室効果ガス排出量(速報値)について」
2)狩野美雄、松家英彦「粘度指数向上剤(VII)の機能と用途」潤滑経済No.383p.12(1998)
3)中西秀男「粘度指数向上剤の動向」トライボロジストNo.48 p.890(2003)
4)由岐剛「低粘度潤滑油における粘度指数向上剤の潤滑性向上技術」トライボロジストNo.53 p.449(2008)
5)阿尾信博「潤滑油の低粘度化と粘度指数向上剤の動向」潤滑経済No.560p.30(2012)
6)中田繁邦「エンジンオイル用高性能粘度指数向上剤」三洋化成ニュースNo.493(2015 冬)