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三洋化成ニュース No.518
2020.01.10
心臓は、肺で酸素交換された血液を全身に送り出し、回収するポンプの働きをしています。体を循環する血液は、まず心臓の出口である大動脈弁から送り出され、最初に胸部大動脈という血管を通過します。この血管にこぶができたり、血管の層に裂け目ができるものが、胸部大動脈瘤や胸部大動脈解離と呼ばれる疾患です。
原因はさまざまですが、動脈硬化や高血圧、喫煙、ストレスなど生活習慣によるものが多いと考えられており、高齢になるほど発症率が上がります。この病気により、血管が破裂して血液が漏れてしまうと、命に関わる重大な事態に。冬場に突然倒れて救急車で搬送されるケースには、こうした症例が少なくありません。
血管が破裂してしまうと自然治癒ができないため、症状の出た血管を人工血管に取り換える「人工血管置換術」を行います。手術は人工血管と血管を縫合によって吻合しますが、吻合部からの出血がある場合には、止血材を塗布して止血しなければなりません。この止血が遅れると、患者の生命や予後に大きく影響することがあるため、吻合部の止血は重要です。特に、救急搬送され緊急手術を行うような状況では、一刻を争います。
しかし胸部大動脈は心臓に直結する血管であることから、血圧が高いうえに拍動も伝わります。術中は血液などで血管表面が濡れていることも多く、止血材が吻合部に接着しにくい状況になることもあります。
一方で、これらの心臓疾患の患者数は、高齢化や生活習慣の変化などから、近年では年間約5%という高い割合で増加しています。そのため、医療現場ではより優れた止血材の登場が待ち望まれていました。
心臓血管外科手術が抱えるこうした課題を克服し、より確実な止血を可能にした製品が『マツダイト』(ペットネーム:『Hydrofit 』)です。『Hydrofit 』は反応性のウレタンプレポリマーで、水と反応して硬化被膜を形成するという特長を持っています。そのため血液自体が固まる性質に頼らず、体内の湿った状況下でも塗布から数分というはやさで硬化被膜を形成。吻合部からの出血を物理的に遮蔽して、止血することができます。
また常温での保管が可能で、あらかじめ1液でシリンジに充填されているので、ほかの薬剤と混ぜ合わせるなどの事前準備も不要。手術の時間や手間も低減することができます。
さらに『Hydrofit』によってできた硬化被膜には柔軟性があり、血管の動きに合わせて伸縮するため、血管性状に影響を及ぼす危険性もほとんどありません。非生物由来の合成化合物なので、生物由来のデメリットである感染などのリスクもないなど、ウレタンの長所を有効に活用した製品となっています。
『Hydrofit』は、1980年代に国立循環器病センターの松田武久先生が設計・開発されたもので、三洋化成のウレタン技術を活用して工業化に至った製品です。国内では2011年に製造販売承認を取得し、2014年に発売されました。以来、患者さんはもちろん、医師の負担軽減にも大きく貢献しており、「止血困難時の最後の砦」とまでいわれるほど、高い評価を得ています。
2019年7月には、EU圏などでの販売が可能になるCEマーキングを取得(海外商品名:『AQUABRID®』)。「新医療機器」※1かつ「高度管理医療機器(クラスIV)」※2という最も管理の厳しいカテゴリーで、日本製品がCEマーキングを取得する例はほとんどありませんが、デモンストレーションの段階から、現地の医師にも高い評価を得ています。
現在は、『Hydrofit』の適応範囲や販売地域の拡大を進めるとともに、新たな製品の開発も推進しています。三洋化成では、今後も世界中の人々の診断・予防・治療に貢献できる製品の開発を積極的に進め、社会に貢献していきます。
※1:既承認医療機器と、構造や使用方法、効能、効果または性能が明らかに異なる医療機器。
※2:患者への侵襲性が高く、不具合が生じた場合、生命の危険に直結する恐れがある医療機器。