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[vol.9] 微生物が大活躍 阿寒富士山麓のきのこの森

三洋化成ニュース No.516

[vol.9] 微生物が大活躍 阿寒富士山麓のきのこの森

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2019.09.05

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オンネトー湯の滝

倒木上の「小さな森」もまた美しい

きのこは微生物だ、と言うと、驚く人がいるかもしれない。そういう分類があるわけではないが、細菌とか原生生物とか、肉眼で見えない小さな生物の総称が微生物だ。きのこは肉眼でも見ることができるが、我々が一般的に「きのこ」と呼んでいるものは、きのこの生殖器官である子実体のことで、本体は地中や倒木の中にいる糸状の細胞、菌糸だ。つまり、きのこ本体の構成単位は肉眼では見えないので、きのこは微生物だといえる。

阿寒湖の南西に位置する雌阿寒岳の隣、阿寒富士の山麓に、微生物が活躍している滝がある。その名も、オンネトー湯の滝。阿寒摩周国立公園の特別保護地区にあり、国の天然記念物、日本の地質百選にも選ばれている。オンネトーの西岸を走る北海道道949号沿いに設けられた展望テラスに立つと、青緑色の湖水越しに、雌阿寒岳と阿寒富士が並ぶ絶景を目の当たりにできる。一見、右側にそびえる阿寒富士の方が高く見えるが、実際には標高1499メートルの雌阿寒岳の方が23メートル高い(テラスから見えるのは雌阿寒岳の9合目だ)。

オンネトー国設野営場への分岐の先にある広い駐車場に車を停め、施錠されているゲートの脇を抜けて(一般車両は通行禁止)、オンネトー湯の滝を目指そう。

 

オニイグチモドキの発生が夏の終わりを告げる

隠花植物天国

オンネトー湯の滝へ向かう林道は、アカエゾマツやトドマツを中心にした原生林の中を、ゆるやかに登っていく。小鳥の声やセミの声が森に響きわたる。ところどころで現れる谷筋を思わせる地形では、重なり合った大きな石や岩の上を、びっしりとコケや地衣類が覆っている。ヒカゲノカズラやマンネンスギなど小葉類のシダもたくさん生い茂り、原生林の雰囲気を一層濃くしている。また、ダケカンバやシラカンバが群生している場所もある。びっくりするほど
太くて大きいアカエゾマツやダケカンバを見ると、森の豊かさを実感する。そして、豊かな森の主役といえば、我らがきのこである。

夏から秋にかけては、本当に多種多様なきのこが発生するので、なかなか先に進むことができない。地面に目を落とすと、落葉を分解するオチバタケやハナオチバタケなど小さなきのこ、樹木と共生するやや大型の菌根菌のタマゴタケやドクツルタケやイグチの仲間など、色も大きさも形もさまざまなきのこが目に入る。倒木も要チェック。少し古い倒木には太くて立派なオオワライタケや、皿形で極小のアラゲコベニチャワンタケなどなど。倒れたばかりの樹木にはナラタケやスギタケなど中型のきのこが群生。フサヒメホウキタケなどきのこらしからぬ形のきのこもたくさんいるし、粘菌(変形菌)も多い。生きた樹木にも、ナラタケや多数のサルノコシカケの仲間が発生する。

特筆すべきは、9月上旬から10月中旬にかけて、真っ赤な傘に白い点々がある、きのこファン垂涎のベニテングタケを、ほぼ確実に見ることができることだ。

ベニテンロード、きのこロードなどと名付けたい……。

欧米では幸運の使者とされるベニテングタケ

生きた酸化マンガン鉱床

林道が下りに差しかかり、左へ大きくカーブすると、滝の流れる音が聞こえてくる。広場のような草地の向こうに、オンネトー湯の滝が見えてくる。高さ約20メートル、幅約10メートルの滝は、その名の通り温泉が流れており(源泉で約43 ℃)、流れるほどに幾重にも分岐して末広がりになり、下部に小さな湯だまりをつくっている。滝は2条あり、残る一つは、右上の方に流れ落ちている(かつて露天風呂があったが現在は立入禁止)。

ちなみに、心無い誰かが湯だまりに放し、みるみる数を増やしたナイルティラピアとグッピーは、冷水を引き込み温水を迂回させる作戦によって、今年、根絶が宣言された。野外に定着したナイルティラピアとグッピーを駆除で根絶したのは全国初だ。

オンネトー湯の滝の源泉や斜面には、光合成をして酸素を放出するシアノバクテリアなどの藍藻、その放出された酸素を温泉水中のマンガンイオンと結合させるマンガン酸化細菌など、多様な微生物が生息しており、それらの複合作用によって、滝の斜面や周辺に、酸化マンガン鉱床を生成している。まさに「生きた鉱床」だ。35億年前の地球で始まった海洋や大気が形成された現象と共通であり、地球環境や生命の歴史の解明につながる研究が期待さ
れている。

オンネトー湯の滝でマンガン鉱物が形成されていることは古くから知られていたが、それが微生物由来であり、陸上では世界唯一の場所であることがわかったのは、つい最近の1989年のことだ。流れ落ちる滝の間に緑色のコケが点在しているが、その周囲はいずれも黒い。この黒色沈殿物こそ、微生物たちの共同作業によって生まれた酸化マンガン鉱床だ。

森ではきのこなどの微生物が大車輪の活躍。そして、滝の水の中でも各種微生物たちが大活躍。自然は本当に奥が深い。

倒木上に勢揃いしたフサヒメホウキタケ

 

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉
1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。
きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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