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三洋化成ニュース No.516
2019.09.06
アナウンサー山根 基世 〈やまね もとよ〉Motoyo Yamane
1948年山口県生まれ。1971年、NHKにアナウンサーとして入局。主婦や働く女性を対象とした番組、美術番組、旅番組、ニュース、ナレーションなど多数担当。2005年、女性として初のアナウンス室長に。2007年にNHKを定年退職した後、地域づくりと言葉教育を組み合わせた独自の活動を続けている。テレビ朝日「徹子の部屋」、日本テレビ「世界一受けたい授業」出演をはじめTBS「半沢直樹」「ルーズヴェルトゲーム」ナレーションなど、民放の番組も担当。そのほか、今年で6期目となる朗読指導者養成講座を開講、2018年からは「声の力を学ぶ連続講座」を主宰。
-- テレビ局のアナウンサー時代に、著名人から地方にお住まいの方、年配の方など、さまざまな方にインタビューをされています。いい聞き手になるコツは何でしょうか。
「いい話を聞きだしたい」という下心があると、よくありませんね。長年担当していた旅番組では、地方で農業をされているようなお年寄りに声をかけて話を聴くことが多かったのですが、いきなり質問攻めにすると相手が引いてしまいます。ですから「ああ、今日はいいお天気ですね。あの山にかかっている雲は面白い形をしていますね」というように、世間話から始めていました。すると「いやあ、あの雲がかかると明日は雨だから……」と、暮らしの話題につながっていくことが多かったですね。
-- 「インタビューしよう」と身構えないほうがいいんですね。人の話を聴く時には、どんな姿勢でいればいいのでしょうか。
相手に興味を持って「この人、どんな体験をなさってどんなお考えなのかしら」と、謙虚に「知りたい」気持ちで向き合いたいですね。私は仕事でいろいろな人の話を聴いてきました。聴くということは本当に楽しくて、幸せでしたね。特に、その土地に長く暮らした人にしか語れないような言葉を聴くと、しみじみと「なんて、言葉っておいしいんだろう」と感じました。それに、人の話を聴くと、得するんですよ。暮らしの知恵や人間力など、いろいろなことを教えてもらいました。
-- なるほど。地方の文化と言葉とは、つながっているのですね。
そう思います。かつては、地域社会でお祭りや行事があれば、赤ん坊から年配の方までさまざまな年齢の人が一堂に集まりました。子どもたちはそのような場で大人の振る舞いを見て、いろいろな言葉を聴き覚えたんですよ。人間にとって、子どもの頃にどれだけ多様な言葉に触れるかということはとても大事なことなんです。
-- 子どもにとって、多様な言葉に触れることが、なぜ大切なのでしょうか。
子どもは生まれてから小学生くらいまでの間の言語形成期に聴いた言葉をもとに、自分のなかで言葉を育てていくからです。学校で習う読み書きとは別に、周囲の人といい関係を築くための言葉というのは、暮らしのなかで身につける必要があります。人間関係と言葉はセットなんですよ。周囲の大人がどんな状況でどういう言葉を発するか、身近にある実用的な具体例をいろいろな形で見聴きしておくことが、その子の心の栄養になり、言葉の種になっていくんです。でも、今は核家族が多くて地域とのつながりも薄れ、触れられる言葉の種類や語彙が少ないでしょう。
-- 確かに、今の子どもたちは昔に比べて、親や学校の先生以外の大人と、接する機会が少ないと思います。
そんな子どもたちが成長して、世の中で生きていく時には、言葉を通じて、いろいろな相手と人間関係を築かなければなりません。子どもたちに、周囲の人と心を通わせるための言葉を身につけ、自分の頭で考えて行動することを学んで、いい人生を切り拓いていってほしいと思います。
-- 山根さんは女性アナウンサーの先駆けとして、女性が働く環境を切り拓いてこられたと思います。そのなかでも言葉の力は重要だったのでしょうか。
もちろんです。当時は会議でも、私のほかには男性ばかりで、思いがなかなか伝わらないことが多く「私には、言葉の力が足りない」と悩みました。人を傷つけずに自分なりの主張をするには、自分の言葉が必要だと痛感しました。
-- 自分の言葉を持つのは、難しそうですね。どうしたら身につきますか。
一朝一夕では身につきませんね。毎日の自分の体験を、自分の頭で言語化していく作業を繰り返すことでしか、自分の言葉というのはできていかないと思います。体験で裏打ちされた言葉には、力があります。特に、組織を引っ張っていくリーダーには、自分の言葉がなければ、なかなか人はついてこないと思います。
-- 地域とともに子どもの言葉を育てる活動をなさっていると伺いました。そのような活動を、地域で行うことには、どのような意味があるのでしょうか。
地域は人が暮らし、成長し、生きていく、その人の基本となる場所です。旅番組で全国を巡って、四季の移ろいやお祭りなど、その地域でしか味わえない豊かさや幸せをたくさん知ることができました。しかし今、活気のない地方が多くなってきています。これでは日本全体も、元気をなくしていくのではないでしょうか。
-- そうですね。人口が東京に一極集中していく傾向にあります。
しかし、例えば五箇山では、地元の人たちが集まって、伝統のこきりこ節、ささら踊りの稽古をすることで、地域の活性化に成功していました。みんなで海外公演をして、若者たちも都会から帰ってくるほどでした。そこで、私は朗読という手法を使って、人と人をつなぎ、子どもの言葉を育てて、地域を元気にできないかと考えたんです。「山根基世の朗読指導者養成講座」を開いて、趣旨に賛同して全国から集まってくれた人と一緒に、朗読の基本だけでなく、リーダーシップの取り方や心地よい空間のつくり方などを学び合っています。
-- ただ朗読をしたい人が集まるのではなく、子どもの言葉を育てるという目的のもと、さまざまな大人が参加する、豊かな集まりなのですね。同じ話でも、小学校の授業で朗読するのと、地域の朗読会でいろいろな人と一緒に朗読するのでは、違う発見があるのではないでしょうか。
そうなんです。『ごんぎつね』を、作者の新美南吉のふるさとの半田というところで、地域の大人や小学生と一緒に、半年かけて読み込んだことがありました。狐の「ごん」が隠れていたお寺の境内を見に行ったり、物語に出てくる「はりきり網」や常滑焼の「赤い井戸」に実際に触れてみたりしながら、体に入れて読むと、半年後には、全く違う朗読になりました。その間、大人と子どもが一緒に、言葉を交わしながら学び合ったことは、子どもたちの生涯の言葉の種になっていくと思います。
-- 自分の地元が舞台になったお話を、より深く知ることで、さらに親しみもわくでしょうね。
そうですね。朗読指導者養成講座を修了した方のなかには、佐世保や札幌などそれぞれの地元で、地域にまつわる作品をもとに、活動してくれている人が多いんです。大人と子どもが一緒になって、イキイキと楽しく学び合う場をつくっていきたいですね。
-- 朗読会に参加した子どもたちには、どのような変化がありましたか。
最初はもじもじして、途中で言葉が切れてしまうような子が、大人とも物怖じせずに話ができるようになりました。この体験は、今後生きてくると思います。
-- 大人にどんなふうに話しかけたらいいか、相手はどう返してくるだろうかという、やり取りの練習ができているわけですね。
朗読する時には、作品のある部分をどう解釈するか、みんなで話し合うんです。すると、自分は思いつかなかった読み方をしたり、細かい部分に気付いたりする人が必ずいて、思いがけない発見があります。そうやって読み込んでいくと、みんなの力で、物語がすごく深まっていくんですよ。また、そんなふうにおしゃべりしていると、家庭とはまた違う人間同士の温かいつながりができていくんです。
-- 朗読をして声を出すというアクションが、人間関係をつくるきっかけになっていくんですね。
-- 地域の言葉といえば、方言にも、共通語にはない独特の力があるのでしょうか。
そうですね。方言は究極の話し言葉です。以前テレビ番組で、川端康成の『雪国』を、私の地元の山口県の言葉で読んだことがあります。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な冒頭の文章は、山口弁だと「国ざきゃあのなぎゃあトンネルを抜けたらね、はあ、あんた、すぐ雪国じゃったんよ」。「はあ、あんた」が自然と入ってくるんです。
-- 本当ですね。原文には「あなた」という言葉はないですものね。
「東京は晴れていたのに、長いトンネルを抜けて出てみたら、何と雪で真っ白だったのよ」という感動と驚きを伝えようと思ったら「はあ、あんた」がないとダメなんですよ。それに比べると、原文の共通語は、整っているけれど、いったい誰に向かって書かれたものなのか、わかりにくいですよね。方言は、目の前の相手に伝えるための言葉なんだと気付きました。
-- 方言での朗読は楽しそうですね。私もやってみたくなりました。
朗読をしたいという人は増えていますよ。声を出すと、精神的に解放される部分もあると思います。また、朗読をお互いに聴き合うことは耳を鍛えることになります。朗読教室では、テキストを交代で読んで、それを録音してみんなで聴き、読み方の不自然な癖を指摘し合うんですよ。聴くということは、言語の獲得の一番の基本です。
-- 現在ではAIのアナウンサーも登場していますが、やはり人の声には独特の温かみがあるような気がします。
そうですね。声というのは音波ですから、科学的に見ても、耳に届かなくても体で感じる波長があるそうですね。CDやテレビなどの録音ではそのような部分はカットされてしまいます。劇場でお芝居を観たり、歌をライブで聴いたりすると、感動しますよね。肉声には機械で再現できない、不思議な力があると思います。
-- 山根さんがアナウンサーとして入局された頃は、女性が働くことがまだ一般的ではなかったと思います。どのようなご苦労があったのでしょうか。
組織の常識を身につけないまま、会議で強い思いで発言しても、なかなか受け入れられないことが多く、苦しかったですね。言葉の力を身につけて、自分を客観的に見つめて冷静に論理的に語れば、結果は違っていたかもしれません。
-- 自分が強く思っていることでも、言葉の力がなければ、相手に伝えられないのですね。
そうなんです。アナウンス室長に任命されてからは、私自身が、女であること、アナウンサーであることで苦しんだ経験を活かして、女性アナウンサーにとっての課題を決しようと奔走しました。私は、行政経験なくいきなり室長になったので、思いはあっても実現の方法を知らない。思いを遂げるには、周りの人や部下に敬意を抱く謙虚さが大切だと思い知りました。それから、夢を語ること。「アナウンス室をこうしたい」という夢を周囲に語ったうえで、「でも私には経験がないから、やり方がわからない、教えてください」と助けを求めるようにしました。同時に、NHKのアナウンサーという職業が、社会的にどういう意味を持つのか常に考えるよう、意識改革にも努めました。
-- ご自身が、「聴く」仕事に幸せを感じていらっしゃったからこそ、後輩のために動かれたのですね。
-- 著書『こころの声を「聴く力」』では、「今、本当に大切なのは話し合うことじゃなく、聴き合うこと」とおっしゃっています。「聴き合う」とはどんなことでしょうか。
今の時代、発信することばかり重視されて、聴くことがおろそかにされていると思います。でも、聴くって本当に、体がしびれるほど楽しいことなんです。あの感動を知らないというのは、とても残念なことだと思います。旅行に行ったら、ぜひ旅先のお年寄りの話を聴いてみてください。きっといい話を聴かせてくれますよ。
-- 人の悩みを聴くような時には、どんなふうに聴けばいいでしょうか。
聴いて共感してあげるだけでも、心が軽くなるものです。「いのちの電話」の相談員の方たちにお話を伺ったことがあるのですが、最近は「この人は、孤独なんだな」と思わせる攻撃的な相談者が増えているそうです。誰にでも、目の前で体温を感じながら、話を聴いてくれる人が必要です。それが忘れられているのが、今のこの居心地の悪い社会につながっているのではないでしょうか。聴くことは、相手の存在を受け入れること。逆に相手の話を聴かないというのは、相手の存在を否定する、とても傲慢なことじゃないかしら。
-- 本当にそうですね。苦しみを誰にも相談できずにいる人も増えているかもしれません。そのような方に、何かアドバイスをいただけませんか。
いくつかの自分の居場所をつくるといいと思います。会社だけの限られた価値観のなかで生きていると、とても苦しいですよね。私の朗読講座も、集まっておしゃべりするなかで、ぽろっと本音が出たり、悩みが言えたりするような、温かい場所を目指しています。他人とつながれる場を探して、自分でも参加して、努力して居心地の良い場をつくっていくようにすると、本当の自分の居場所になると思いますよ。
-- 人とつながる場がないと、なかなか悩み事を相談できないですものね。
自殺率の低さで有名な、徳島県海部町(現:海陽町)には、「病は市に出せ」という言葉があるそうです。悩みはひた隠しにするのではなくて、早いうちにみんなに広めて助けを求めるのがいい、という意味です。そうすれば必ず、誰かが手を差し伸べてくれます。格好をつけて、平気なふりをしなくていいんです。
-- これも、生きていくうえでの大切な知恵ですね。本日は「おいしい」お話を、ありがとうございました。
と き:2019年6月11日
ところ:東京都・渋谷区の ㈲山根基世事務所にて