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三洋化成ニュース No.500
2017.01.04
-- 伊那食品工業の本社がある「かんてんぱぱガーデン」を案内していただきました。ゆったりした敷地に優しい印象の社屋があり、会社という感じがしませんね。
会社は仕事をする特別な場所で、家庭が人生と思いがちですが、私は会社も大切な人生の半分を過ごす場所だと思っています。だから、会社を快適で楽しい場所にするために、30年以上前から整備しているんですよ。若い頃に、スウェーデンの会社に飛び込み営業をしたんですが、その会社が林に囲まれた素晴らしい環境で、本当の豊かさとは何かを考えさせられました。便利さや効率よりも、幸せや快適さを大切にしたいと思っています。
-- 塚越さんは21歳の時に、「社長代行」として伊那食品工業に入社なさったのですね。
私は高校生の時に、肺結核で3年間、闘病生活を送りました。病が癒えた時には歩けるだけで幸せで、働けるならどこでもいいと思いました。最初に就職した会社では一生懸命働き、新しいアイデアも出しました。それを見た人が、当社の再建を私に任せてくれたのです。今考えると、病気になったことは私にとって素晴らしい贈り物でした。
-- 闘病生活の3年の遅れはハンデになっていないということなのですね。
そうです。生きるとはどういうことか、どう生きたらいいのか、どうあるべきか、それが少しわかったのですよ。私は新入社員が入ってきた時、百年カレンダーを示すんです。この中に必ず自分の命日があるわけですね。その後はない。そこで皆、「そうだ、あとこれだけしか生きられないな」と真剣になるわけです。貴重な人生、一日一日を無駄にしてはいけないという人生観を持つようになりました。
-- 限りあるということが、むしろ長期的視野を持てるということですね。そのような考えを、元気な人たちに浸透させていくのは、難しいことなのではありませんか。
素直な人を採用してきたということもありますが、浸透させるためには経営者がブレないことです。時代の変化に合わせて経営の手法は変わっても、根底にある会社の理念や目的、目指すものはブレてはいけないんです。会社の目的は、皆で幸せになることです。常に現状を否定して、今より良くなる。それを末広がりと私は言ってきました。十数年前に自分の考えを『いい会社を作りましょう』という本にまとめたのですが、今では、それを読むと皆、わかるらしいのです。
それと、人間にとって一番不幸なことは病気になることです。社員の健康について真剣に考えてくれるトップがいると、社員は「これは本物だ」と信用してくれるのだと思います。
伊那食品工業の本社。木や草花に囲まれ、食事処、アートギャラリーなどが点在する3万坪の敷地内にある
-- 素晴らしいお考えですね。しかし、会社というものは、社員や世の中を幸せにしたいのはやまやまだけれども、それは正論で、現実なかなかそうはいかないという会社が多いのではないでしょうか。なぜ伊那食品工業は、きちんと末広がりで発展して、続いているのでしょうか。
会社を永続するためには時代を読まないとだめなんです。ですから、勉強してどういうふうに世の中や業界が変化するかをいち早く知ることです。二宮尊徳の「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す。それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う」という言葉が、当社の経営戦略の柱です。そのために、研究開発や、社員のモチベーションを上げること、当社のファンづくりなどに力を入れています。
-- バブル崩壊やリーマンショックなどの時期には、経営に影響はありませんでしたか。
ほとんど影響を受けていません。当社では景気を一切あてにしません。その秘訣は、先ほど言ったファンづくりにあるのです。ファンは、景気がどうであろうと当社を支持してくれます。伊那食品工業を取り巻くすべての人、タクシーの運転手さんや出入りの協力会社さんまで、すべての人に伊那食品工業のファンになってもらいたいと考えています。
-- 今日こちらにお伺いしたときに、社員の方が全員立って迎えてくださり、とても驚きました。
それは、会社がそうしなさいと言っているのではなく、皆が自ら考えて行っているんですよ。敷地内の樹木の手入れや清掃、レストランや美術館、ショップに人手が足りない時の手伝いなども、社員が自主的に行っています。そのような社員のホスピタリティや、会社で行っている社会貢献が、ファンづくりにつながっているのでしょうね。
-- 大きな意味で、ブランド力を高めるということですね。
人間にも、右脳人間と左脳人間がいるでしょう。ファンづくりには、文化・芸術を語る右脳人間が必要なんですよ。世の中のすべての人たちに「あの会社いいね」と言ってもらうために、展示スペースを作って、芸術家や写真家の作品を紹介しているんですが、それが会社のイメージづくりにつながっています。癒しや憩い、文化や芸術のない会社や街って、何の魅力もないですよ。ところが、どちらかというと左脳人間が多い経営者の方たちには、設備だとか効率だとかには情熱を示すけれども、文化・芸術に対しては理解が少ない人が多いのですよ。
-- 企業の目的は利潤の追求であり、それが経済学の基本だと習いましたが、むしろ逆の経営をされているのですね。塚越さんの中で、そういったお考えがぐらついたことはないのですか。
ありません。寒天という地味な商品ですから、そう簡単に大きな会社になることはできません。小さくてもピカッと光る会社にしようと、初めから決めていたんです。皆が幸せになるためという、誰も異論を持たない目的に向かって皆で協力していけば、結果的に会社は成長して、会社全体がもっと幸せになれる。だから、業績は前の年を下回らなければいいんです。こうやって少しずつ、しかし着実に成長する経営手法を「年輪経営」と呼んでいます。利益を目的に、身の丈に合わない急成長を目指すから、おかしくなるんです。もちろん、私にも野心がありますよ。一般的な野心は、会社の上場や、売り上げや利益といった数値目標ですが、私の野心は、世間では無理だと思われているような、社員をとことん大事にして、会社のイメージを上げて、かつ安定した経営が成り立つということを示すことなのです。
-- 社員の皆さんと「年輪経営」の理念を共有するために、どのような工夫をされていますか。
伊那食品工業は社員数が500人という小規模な会社ですが、もっと小さかった100人規模の頃から、ずっと私の考えを社員に伝えてきました。その人たちが成長して、またその部下にきちんと伝えてくれています。また、先ほどの『いい会社をつくりましょう』を読むことを入社の条件にしています。考え方を伝える手段としては他にも、全体会議や朝礼、社内報などいろいろありますが、大切なのは、新入社員や一番知識の少ない人に目線を合わせること。表現はなるべく簡単にします。月に一度の全体会議は、皆真剣に聞いていて、話が染みっていくようですよ。
-- 塚越さんは、浸透の達人でいらっしゃるのでは。
例えていうと、多くの経営者は、山に登ろう、頑張ろうとは言うのですが、頑張ったらどうなるのかは言わない。だから私は、皆で幸せになろうよ、と言っているんです。皆で頑張って、売り上げや利益が増えれば、皆が幸せになりますよね。安定というのは幸せの一つの形なのですよ。当社では皆30代で家を建てて、子育てをしていますよ。
-- 大勢の経営者も、塚越さんのお話を聞きに来られるそうですね。日本の経済界に、このままではいけないという気運が高まり始めているのでしょうか。
その通りです。あのトヨタ自動車はじめ、多くの方々に、わざわざ当社まで来ていただけます。中小企業でもいい考え方をしている人には学ぼうという動きが出てきたことが転換期を示していると思います。
-- 大手企業の経営者が来られた時に、例えばどんなアドバイスをなさっているのですか。
我々の会社と変わりませんよ。研究開発と、社員のモチベーションを上げること。それとファンづくりです。例えば、どうしたら職場が快適になるか、社員に知恵を出させなさいなどということです。自分の職場を居心地良くするためなら、社員は真剣に考えますよね。結果的に考える習慣がついて、企画を考えたり提案をしたりしてくれるようになって、生産性も間違いなく上がるんです。
-- ところで、塚越さんには歯を食いしばった局面はありますか。
もちろんありますよ。若い頃から読んでいて、苦しい時に支えてくれたのは、出光佐三さんの『働く人の資本主義』という本です。出光さんはどんなに苦しくても、社員を一人もリストラしなかった。私も、社員を徹底的に大切にする経営をやろうと思ってきました。それが社員に響いたのでしょうね。
-- 私も読みましたが、今の日本社会では、この本の中にあった「仲良くする力」が求められていますね。
その通りですね。資本主義の世界は競争社会ですが、安売り競争をしていたのではGDPが下がるに決まっています。日本は先進国の中で一人当たりGDPが低いレベルですものね。若い頃、値引きをして売るのは経営者として一番恥ずかしいことだと教わりました。価格ではなく、製品の性能や品質、ブランドイメージなどで競争しないといけません。
-- どうすれば、そういう社会に変えていけるでしょうか。
効率という言葉を見直さないといけないでしょう。急がば回れという諺があるように、企業には終わりがないのに、なぜそんなに急ぐのかと言いたい。ランキングに惑わされているんだと思いますね。ランキングはマラソンの途中でテープを切るのと同じことで、企業経営にゴールはないのに、途中でテープを張って、一着、二着を決めることには何の意味もないですよ。
-- 短期的なランキングで一番になっても、意味がないのですね。
会社の成長は、社員一人ひとりの人間的成長の総和であって、売り上げや利益ではないんです。社員一人ひとりが、人間的な成長をするためには何を学んだらいいのか、どう考えたらいいのかを考えていくことで、正しい企業活動ができ、それが世の中から評価されて、「年輪経営」が実現していくんです。
-- 塚越さんが「いい会社」とおっしゃるものが、だんだん見えてきました。
幸せの形はいっぱいありますが、最上位の幸せの形は、最澄の言葉でいう「忘己利他」、つまり他人を幸せにして感謝されることなんですよ。実は、今日(取材を行った10月3日)は私の誕生日なんです。
--えっ!それはおめでとうございます。
朝から何人もの社員に、「おめでとうございます」と言われるから、何を言ってるんだと思いました。私の誕生日を覚えてくれているんだね、本人が忘れているのに(笑)。日本にこんな会社、なかなかないのではないでしょうか。私が、日頃から社員のためにしていることが返ってきたのかもしれませんね。
-- 伊那市に本社を構えていらっしゃることについて、塚越さんの思いをお聞かせください。
故郷ですからね。誰もが持つ、故郷を大事にする気持ちはとても大切にしています。東京一極集中は良くないと思いますね。過疎と過密が同居するような国を作ってはいけません。企業の効率でいえば東京に集中した方が便利だけれど、日本全体の幸せや将来のことを考えたら、やはり田舎で頑張らなくては。だから、本社は東京に移しません。ただ儲かればいいというものではありませんから。この地域を私は「伊那バレー」と呼んでいて、毎年、自分で撮った写真を使って会社のカレンダーを作っているんです。とても好評で、10万部も刷っているんですよ。伊那の観光PRにも役立っていると思います。
-- 最近、地方創生ということも盛んに言われていますね。
当社でも六次産業化(※)を着々と進めています。農業や観光事業を手がけ、最近では造り酒屋を再生しています。大手企業がもっと六次産業化に力を貸せば、もっと豊かな日本になるのではないでしょうか。
-- 日本のこれからについて、お考えになっていることは何でしょうか。
21世紀は研究開発に力を入れていくべきでしょうね。今、企業の寿命は30年だといわれていますが、それでは情けない。100年、200年続く企業を目指すには研究開発をして、遠きをはからないといけないと思います。三洋化成工業さんも、かなり研究開発に力を入れていてたくさんの商品をお持ちで、いろいろな可能性を持っている。これは戦略として正しいと思います。日本の経営者が、会社を大きくするとか儲けるとかではなく、社員の幸せを考えて雇用を絶対守る、そのために安定した経営をする、という強い思いを持つようになってほしいですね。
-- 貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
(※)農業や水産業などの第一次産業、原材料を加工する第二次産業、第一次・第二次以外の第三次産業、それぞれを多角的に融合・結合することにより、新しい産業を形成すること。
と き:2016年10月3日
ところ:長野県、伊那食品工業株式会社 本社にて