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三洋化成ニュース No.520
2020.05.19
活性剤研究部
ユニットチーフ 関藤 正剛
[お問い合わせ先]
生活・繊維本部 繊維産業部
繊維は衣服やカーテンなどさまざまな生活用品として使用されており、私たちが快適な生活を送るうえで必要不可欠な材料である。20世紀以降、合成繊維が大量生産されると、自動車や医療、建築などの広範囲な分野で産業用材料としても使用されるようになった。
本稿では合成繊維の製造における油剤の役割を紹介するとともに、自動車繊維用油剤について、その機能と界面活性剤の活躍を紹介する。
合成繊維の原糸は、紡糸工程と延伸工程を経て製糸される。紡糸工程では溶融したポリエステル(PET)やナイロンなどの熱可塑性ポリマーを口金から引き出し、繊維状にしたものを束ねて糸をつくる。延伸工程では、速度比および温度の違う複数の金属ローラーを通して糸を延伸し、配向した分子鎖を熱固定し、巻き取る[図1]。さらに難燃・撥水などの機能性加工や精錬(洗浄)、染色、表面処理、製織など目的に応じて後加工が行われる。
合成繊維を紡糸する際には糸どうし、あるいは糸と金属ローラーが接触し、毛羽や糸切れなどのトラブルが発生する。これらのトラブルを防ぐため、通常紡糸油剤が塗布される。紡糸油剤の主な役割は、製糸工程を円滑化し、高品位の原糸を安定的に生産することである。そのために以下のような性能が要求される。
・糸への均一付着性・延伸金属ローラー上での高度な潤滑性
・糸揺れによる糸どうしの接触を防ぐための帯電防止性また、紡糸油剤は後に洗浄工程がある場合は繊維から取り除かれるが、洗浄工程がない場合でも、後加工に影響を及ぼさないよう、以下のような特性も留意すべきである。
・染色性(衣服、シートベルトなど)を妨げない
・接着性(エアバッグなど)を妨げない
このため紡糸油剤の設計においては、製造プロセスのみならず、用途や生産銘柄などを見極めたうえで主機能、付随機能のトータルバランスを考慮することが重要となる。
合成繊維用紡糸油剤の主な機能は摩擦低減、乳化・湿潤、浸透・集束、静電気防止などである。その組成は、一般に合成潤滑油(脂肪酸エステル、高分子量ポリエーテルなど)や鉱物油(または流動パラフィン)、天然油脂を主体とし、これに界面活性剤(非イオン、アニオン、カチオン、両性界面活性剤)、少量の添加剤(防錆剤、酸化防止剤など)などが設計・配合されている[表1]。
自動車繊維用紡糸油剤は身近な繊維のなかでも、特に高度な性能を必要とする。自動車にはエアバッグやタイヤコードなど、さまざまなところで繊維が用いられている[図2]。自動車繊維製品の強度・品位は安全性にもつながるため、重要だ。毛羽のある繊維製品では本来の強度が発揮されなくなってしまうことから、自動車繊維には特に毛羽がないことが強く要求される(毛羽品位)。
このように求められる毛羽品位が高いにもかかわらず、その製糸工程は毛羽が発生しやすいものとなっている。例えば自動車繊維には衣料用に比べ高重合度のポリマーを用い、紡糸工程での分子配向を可能な限り高めた、高強力かつ低収縮の糸が用いられている。そのため糸は高温、高荷重下の条件で延伸しなければならず、その際ローラー、ガイドなどと強烈な摩擦を受ける。また、自動車繊維として主に用いられるPETや66ナイロンなどの場合、延伸時の温度が200~255℃と、衣料用(160~170℃)に比べてかなり高いため、毛羽が発生しやすくなっている。
自動車繊維用の紡糸油剤には、このような高温高荷重下での油膜強度や耐熱性を保ちながらも、毛羽を発生させないことが求められる。紡糸油剤の性能としては高い潤滑性、耐熱性、帯電防止性が必要となる。当社は創業当時より蓄積してきた繊維油剤のノウハウをもとに、このような厳しい条件でも高い性能を発揮する紡糸油剤を設計している。
[高潤滑性]
摩擦による毛羽を防止するため、自動車繊維用紡糸油剤には、かなり高度な潤滑性が求められる。当社は創業当時より繊維油剤を開発・上市しており、これまでに蓄積したさまざまなノウハウをもとに、界面活性剤技術と配合技術を駆使して非常に良好な潤滑性を実現している。
当社は、高分子量のポリアルキレングリコールエステル型非イオン界面活性剤を配合することで高温高荷重下での潤滑性の高い油剤を設計している。
[高耐熱性]
高温の延伸ローラー上で油剤が劣化するとタールが生じる。タールが蓄積されるとそれに走行中の糸が引っ掛かり毛羽・糸切れの原因となる。そのため、高温でも劣化しにくく潤滑性を維持できる油剤が求められる。延伸ローラーは定期的に清掃されるが、耐熱性を向上することで清掃周期を長くし、収率向上にもつながる。当社は、熱安定性の高いヒンダードエステルや不飽和度の低いエステル潤滑剤に、これらの熱劣化を抑える酸化防止剤や熱劣化しにくい界面活性剤を配合することで耐熱性の高い油剤を設計している。
[帯電防止性]
延伸時に糸と金属ローラーとの摩擦による発生電気量が多いと、糸どうしが接触し毛羽が発生するため糸品位が悪くなる。当社は静電気の発生を抑えるためイオン性の界面活性剤などを添加することで、帯電防止性(制電性)の高い油剤を設計している。
シートベルトやエアバッグは命を守る重要な装備であり、万が一の際に乗員を保護するため、糸の性能が100%発揮されなければならない。このような高い信頼性が重要となるシートベルトやエアバッグ用の紡糸油剤について、さらに詳しく述べる。シートベルトやエアバッグ用紡糸油剤では、前述した一般的な紡糸油剤の性能に加え、下記の性能が必要となる[表2]。
◆シートベルト原糸用紡糸油剤
シートベルトでは毛羽品位が重要視されるため、高い潤滑性を付与できる紡糸油剤が糸に均一に付着し、高温高過重下でも一定の油膜強度を保持することが必要である。そのために高い耐熱性も求められる。また、原糸は非常に細いため、取り扱い性を向上し、毛羽立ちを防止するためには集束性も求められる。さらにシートベルトの製造プロセスは、原糸→製織→染色→仕上剤処理→組み立てと洗浄工程がないため、紡糸油剤が糸に付着したままでも染色トラブルを起こさないような工夫が必要となる。当社がPETシートベルト用に開発・上市している『サンオイルEF-2803』は潤滑性、耐熱性に加え染色性にも優れるように設計しており、シートベルト原糸用紡糸油剤に適している[表3]。
◆エアバッグ用紡糸油剤
エアバッグはシートベルトでは支えきれない衝撃に対し、乗員の命を守る役割を担っており、衝撃に耐える強度と衝撃を吸収する柔軟性が必要なため66ナイロンが用いられる。
エアバッグ用紡糸油剤はシートベルト用よりもさらに高い信頼性が求められる。そのため高い気密性や収納性を満たすように糸が細く、その細い糸を問題なく製糸するには自動車繊維用油剤のなかでも最高の潤滑性が要求される。
繊維製品(エアバッグ基布)が目ズレを起こすと、膨らませる気体が漏れてしまうため、それを防ぐ目ズレ防止性も必要となる。目ズレは繊維-繊維間の滑り性(摩擦力)に起因する。当然、紡糸油剤が付着したままだと滑り過ぎて目ズレが起こりやすい。エアバッグの製織工程は水の力で糸を飛ばし織る方式が主流であり、この方式では洗浄工程がなく、紡糸油剤が糸に付着したまま全てのプロセスが進行する。
当社は製織工程で紡糸油剤が水と一緒に適度に脱落し、基布となった際には適度に繊維-繊維間摩擦が高くなるような設計を行っている。これは当社保有の界面活性剤技術を応用したものである。本用途には耐熱性、潤滑性、目ズレ防止性において非常に優れる『サンオイルNF-4870』および『サンオイルNF-4830』を開発・上市している[表3]。
シートベルト用の原糸は製織後、染色され、紡糸油剤は洗浄・除去される。シートベルトは使用時にも一定の滑り性を保持する必要があり、染色工程後には使用時の摩擦を低減するための平滑処理剤(仕上剤)が用いられる。当社はシートベルト原糸用紡糸油剤のみならず、製織したシートベルトウェビング用仕上剤も開発・上市している。『サンオイルSBF-201』はシートベルトに滑り性を付与し、長時間使用した後でも滑り性の低下が少なく、耐摩耗性に優れたシートベルト平滑処理剤である[表4]。
以上、自動車用途を中心に、合成繊維製造時に使用される油剤について、界面活性剤がいかに応用されているかを述べてきた。現在の合成繊維産業の進歩はめまぐるしい。こうしたなかで繊維用油剤としての界面活性剤の役割はますます重要になっている。引き続き繊維製品の高性能化につながる油剤を開発し、本分野に貢献していきたい。
参考文献
1)三洋化成ニュースNo.483(2014)活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス108「自動車繊維用油剤」若原義幸著
2)加工技術Vol.44,No.12(2009)、Vol.45,No.2~11(2010)、Vol.46,No.2(2011)「産業資材用繊維と用途展開」齋藤磯雄著
3)月刊ファインケミカル(1986)「合成繊維用紡糸油剤(上)(下)」坂井暉夫著