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鉄道旅情を、写真に込めて

三洋化成ニュース No.521

鉄道旅情を、写真に込めて

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2020.07.31


鉄道写真家 
中井 精也 〈なかい せいや〉 S e i y a  N a k a i

1967年東京生まれ。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わる全てのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影する。広告、雑誌写真の撮影のほか、講演やテレビ出演など幅広く活動している。著書・写真集に『1日1鉄!』『デジタル一眼レフカメラと写真の教科書』など多数。株式会社フォート・ナカイ代表。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。

 

 


写真=本間伸彦

2020年初夏号から、本誌の表紙・巻頭で「ゆる鉄ファインダー」の連載を開始していただいた、鉄道写真家の中井精也さん。前号では、美しい青空のもと、小さく踏切が写った印象的な写真が、表紙を飾りました。「ゆる鉄」が生まれた経緯やそのコンセプト、今後の連載に対する思いなどについて伺いました。

鉄道が主役ではない「ゆる鉄」写真

- - 中井さんが撮っている「ゆる鉄」とは、どんな写真なのですか?

「ゆる鉄」は僕の造語で、ローカル線に乗っている時に感じるような、ゆるい雰囲気や鉄道の旅情を被写体にしたものなんです。雰囲気や旅情は目に見えないものですが、カメラは目の前にあるものしか写せない機械。だから、目に見えないゆるさや旅情を、いかに写真から感じてもらうか工夫しています。

- - その場にいた自分は旅情を感じたとしても、写真を見た人も同じように感じてくれるとは限らないですものね。この写真には列車が写っていなくて、桜と駅名板だけが写っています。

はい。列車が写っていると、見る人はみんな列車を見てしまうので、列車を入れないことで春の季節感を際立たせています。ほかにもあえて列車を小さくしたりブレさせたりして、僕が伝えたい、ゆるい雰囲気を感じてもらえたらいいなと思っているんです。

- - 鉄道写真家なのに、鉄道が主役のように見えない写真を撮られているのですか。

そうなんです。ただ、僕は鉄道が好きなので、できるだけ舞台が鉄道だと気付いてもらえるように撮っています。また、小さく写っていても鉄道車両が存在感をなくさないように気を付けています。

- - 鉄道への愛情があるから、鉄道を小さく写してもその存在感が消えないのですね。

そうですね。僕の撮りたい被写体は鉄道そのものというより、その周りにある季節感や人の営みなんです。鉄道写真家というよりは、鉄道旅情写真家といった方がいいかもしれません。

- - 写真から旅情が伝わってくるとは、すてきですね。一般的な鉄道写真と、「ゆる鉄」写真とはどう違うのでしょうか。

普通の鉄道写真は車両の姿を正確に記録するために、ルールが決まっているんです。こちらに向かって走ってくる姿を撮る、先頭車両から最後尾まで列車を全てフレームに収めるなどがあり、このルールを全てきちんと守って撮るのも難しいんですよ。

- -  記録のための写真も大切ですが、「ゆる鉄」写真はとても斬新なスタイルの鉄道写真なのですね。

 

 

鉄道に興味のない人にどうしたら伝わるか

- -  中井さんが写真を撮り始めたのは、いつ頃ですか。

小学生の頃から「撮り鉄」でした。中学で鉄道研究部に入り、時刻表を見ると、日本には自分の知らない土地がたくさんあり、いろいろな鉄道が走っていることを知りました。鉄道に乗って行ったことのない場所に行ってみたくて、授業中も教科書の下に時刻表を忍ばせて、妄想の旅をしていました(笑)。

- -  撮影のために、遠くまで出かけていくこともあったのですか。

ユースホステルなどに泊まりながら、いろいろな鉄道を撮影していると、多くの出会いがありました。それまでは内向的な性格でしたが、旅と鉄道が僕を育ててくれましたね。ユースホステルのおばちゃんに勧められたトマトを食べてみたらとてもおいしくて、トマト嫌いを克服した思い出もあります。中2の時の学園祭では、長野県から新潟県にかけて走る大糸線を撮った写真が高く評価してもらえて「俺、天才なんじゃないかな」と(笑)。

- -  自信につながったのですね。「ゆる鉄」写真が生まれたのもその頃でしょうか。

そうなんです。中学は男子校だったんですが、2年の時にがんばって、違う学校に彼女ができました。その彼女に、電車をアップで写した写真を見せると「中井くん、電車好きなんだね」と、ちょっと引いた感じの反応でした。でも、花畑の中を電車が走っている写真を見せると「可愛い!」「ここに行ってみたいなあ」と喜んでくれたんです。「これだ!」と思いましたね。こう言うと下心しかないみたいですが(笑)。 彼女は、鉄道に興味がない人の代表です。そんな人に、僕がこんなに愛している鉄道の魅力がどうやったら伝わるか。そこで生まれたのが「ゆる鉄」なんです。また僕自身、鉄道のアップよりも「ゆる鉄」の方が、本当に撮りたい写真でした。だからこそ、のびのびと、ゆる〜く自分の感覚を研ぎ澄ませていくことができたと思います。これはカメラマンとして、人生で最高にハッピーなことでしたね。

 

 

- -  「ゆる鉄」写真を撮る時に、難しいのはどんなことでしょうか。

旅情という目に見えないものを、写真から感じてもらうことが一番難しいですね。列車を小さくしたり、ブレさせたり、列車がない状態にしたりして具体的な情報を少なくすると、全体から感じられる雰囲気が伝わり、写真を見る人がイマジネーションを広げてくれるようになります。「この駅にはどんな列車が来るんだろう」「この人たちは何をしてるんだろう」って。駅名や車両の形式などの情報が入ると、見る人がそちらに気を取られてしまって、僕が感じてほしいことが伝わらなくなってしまうんです。

- -  どんな車両でどこの場所なのか、はっきりわからないほうが、想像力が広がるのですね。

乙女心も大事です。見た目はおっさんですが、心は乙女なんですよ(笑)。「可愛いな」「美しいな」という気持ちを、照れずに写真や文章に出していくようにしています。

- -  花や子どもなど、可愛いものをよく撮られていますね。

はい。わんこやにゃんこ、つくしんぼなども、いい感じのゆるい雰囲気を出してくれます。

- -  動物や鉄道を撮る時には、シャッターチャンスをとらえるのが大変ではないでしょうか。

はい、つらい思いをたくさんしています。路線沿いの牧場にいる馬と列車を一緒に撮りたいと思ったのに、列車が来る寸前に馬がいなくなってしまったり、いい天気だったのに、列車が来た時に限って雲が出たり。ローカル線だと、次の列車がなかなか来ないんです。朝の9時に一本来て、次は夕方の16時なんてこともありますよ。

- -  それは待つのが大変ですね。

でも、天候や動物など自分ではどうにもならない要素が不思議と全て味方してくれた、最高の一瞬がたまにあるんですよ。「写真の神様ありがとう」と言いたくなります。この瞬間に出会いたくて写真を続けていますね。

- -  ブログ「1 日1 鉄!」にも、たくさんの写真をアップされていますね。いつから始められたのですか。

2004年4月からほぼ毎日続けています。撮り溜めをせず、とにかく毎日撮影しています。寝ようとした時に「あ、今日撮っていない」と気付いて、撮りに行くこともあります。12時過ぎまで鉄道は走っていますから。

- -  ライフワークなのですね。撮り続けていると、移り変わっていく鉄道風景を写真に残すことができそうです。

はい。冬は季節感を出しやすい被写体が少ないので、特に苦労します。毎日続けることが、いい訓練にもなっています。季語で季節を表現する俳句は、写真と似ているんですよ。季語を2つ以上使ってはいけないところも同じで、写真も欲張って被写体をいくつも入れないほうがいいんです。富士山と菜の花と鉄道がそろっていても、限られたスペースで伝えたいことを表現するには、涙をのんでどれかを引き算した方が、いい写真になります。

- -  どちらも見る側には、限られた情報からイマジネーションを広げていく醍醐味がありますね。

 

 

日本人が鉄道に感じる郷愁や憧れ

- -  移動手段としては、車も船も飛行機もありますが、鉄道には、特に親しみや懐かしさを感じます。

日本人は特にそうだと思います。日本では、生活のすぐ隣に鉄道があるのが当たり前なんです。アメリカでは、鉄道は基本的に貨物を運ぶものというイメージですから、アメリカの人はルート66やハイウェイのような道路のほうに旅情を感じるかもしれませんね。

- -  なるほど。どちらも人工の物なのに、感じ方が違って面白いです。

日本人は、鉄道に懐かしい思い出を持っている人も多いと思います。地方から上京してきた人が線路を見て、故郷を懐かしく思い出したり、通学の電車で初恋が生まれたり。僕が中2の時、例の彼女を射止めたのも、阿佐ヶ谷発の7時21分発の総武線でした(笑)。『津軽海峡・冬景色』や『なごり雪』のように、鉄道が出てくる日本の歌も多いし、松尾芭蕉の時代からの、旅に対する憧れの気持ちも結び付いているし。鉄道には、どこかにつながっているという物語があるんですよ。

- -  確かにそうですね。中井さんが特に好きなのはどんな鉄道ですか。

やっぱり、昔ながらのローカル線の雰囲気が残っている路線が好きですね。意外と千葉県には、今号の「ゆる鉄ファインダー」で紹介した小湊鐵道やいすみ鉄道など、国鉄時代の旅情が残る鉄道が多いんですよ。

- -  そうなんですか。

北海道や九州にもすてきな路線はありますが、車両が新しかったり、次々と路線が廃止になってしまったりしているのが残念です。線路を剥がしてしまった街からは、人がどんどんいなくなってしまいます。鉄道が通っていること自体が、街にとってのブランドだと感じます。どんなに小さくても駅があると、インターネットで検索すれば街の名前が出てきます。駅は街の玄関なんですよ。

- -  駅によく桜が植えられているのも、そのような意識からかもしれませんね。

そうですね。昔は、輸送がローカル線からトラックに置き換わるといわれていましたが、今では逆にトラックドライバーの人手不足が問題になっています。鉄道に自動運転など最先端の技術を使えば、もっと効率よく貨物を輸送できそうです。また、一般のドライバーが高齢になって運転免許を返納する時も、代替の交通手段が必要です。鉄道は、地元の人たちの暮らしを支えるライフラインなんです。国鉄からJRに代わって、利益の出ない路線は維持できないという事情もあると思いますが、廃線は慎重に判断した方がいいと思います。鉄道ファンとしてだけでなく、インフラとして既存の路線を残しておくことは大切だと思います。

 

ハナモモを主役に列車をあえて小さく撮るのが「ゆる鉄」流 わたらせ渓谷鉄道(群馬県)

 

震災から復興する三陸鉄道を撮り続けて

- - 人口の少ない街では、ローカル線を維持する負担も大きくなりますから、とても難しい問題です。

その通りです。実は僕も、「時代の流れで、ローカル線がなくなるのは仕方ないのかな」と思っていたことがありました。しかし、2019年3月23日、三陸鉄道リアス線の9年ぶりの開通記念出発式に参加して、気持ちが変わりました。

- - 三陸鉄道というと、東日本大震災の時、津波で大きな被害を受けた鉄道ですね。

はい。陸中山田という街で、5、6歳の子どもたちにインタビューしたんです。鉄道が通っていた時代を知らない子どもたちですね。「三陸鉄道が通るんだよ」と言ったら、みんな喜んでいるんですよ。「列車に乗って、どこに行きたい?」と聞くと、意外な答えが返ってきました。沿線にある大きなショッピングセンターが挙がるかなと思ったんですが、みんな鉄道の運行エリアに関係なく、口々に「水族館」「動物園」「新幹線に乗りたい」って。ついに「アメリカ」と言った子がいて、思わず泣いちゃいましたよ。

- - 子どもたちにとって、鉄道は知らない世界につながっているものなんですね。

初めて自分の街に鉄道がくる子どもたちにとって、鉄道は、そこまで大きな夢を運んでくるものなんだと思うと、感動しちゃって。「おじさん、なんで泣いてるの」って言われました(笑)。「ローカル線はなくなっても仕方ない」なんて、もう絶対に言うのをやめようと思いましたね。子どもたちに、鉄道の大切さを教えられました。

 

三陸鉄道陸中山田で出会った子どもたち。リアス線で夢は無限大!

 

- - 都市部では、そんなに長く鉄道が止まることがないので気付きにくいですが、鉄道は水や電気と同じように、人が生きていくために必要なものなんですね。停電が長く続いた後、電気がつくとうれしくなるように、地元の人たちの気持ちも支えていると思います。

三陸鉄道は、東日本大震災で被災した5日後に、無料の復興支援列車を走らせたんです。鉄道が動いたことで、被災地に「時間が動き出した」という実感があったそうです。出発式では、地元の方が持つ横断幕に「おめでとう」や「ありがとう」ではなく、「おかえりなさい」と書いてあるんです。これを見て、また号泣でしたよ。この鉄道は地元の方にとって、街の一員なんです。

- - 鉄道と人とが、とても近い関係なのですね。

僕は三陸鉄道を高校時代からずっと撮ってきて、つらい時期もありましたが、写真家としても人間としても、学ぶことがとても多かったです。僕らが当たり前だと思っている日常がいかにもろくて、そして大切なものか、強く感じました。

- -  中井さんの写真に写っている人の笑顔を見ると、都会での生活で失いかけている気持ちが伝わってくるようです。

鉄道は人が動かして人を運ぶものなので、写真に人が写っていると、とても温かい写真になりますね。

 

 

鉄道のある風景の魅力を伝えたい

- -  『三洋化成ニュース』で初夏号から「ゆる鉄ファインダー」の連載が始まっていますが、どんな連載にしたいとお考えですか。

自分が「いいなあ」と思ったものが、写真からまっすぐ伝わるような記事にしたいですね。今の世の中では、毎日難しいことを考えて生きている人も多いと思います。そんな方が僕の写真を見て、ほっこりしてくれたり、懐かしい気持ちになったり、ふと仕事道具を置いて旅に出たくなったりしてくれるといいですね。そんな写真の力を、僕は信じています。

- -  昔ながらの鉄道風景に加えて、都市の鉄道風景からも、新たな魅力を発見されていますね。

はい。近代的な鉄道や駅の美しさやかっこよさも含めて、「ゆる鉄」のコンセプトは変えずに、鉄道の周りの風景を撮っていきたいと思います。また、昔の鉄道や味のある風景が日本だけでなく世界中からどんどん消えていく今、素晴らしい風景を少しでも写真に残していきたいですね。僕らが懐かしいと思うローカル線の風景も、世代が違えば受け止め方が変わりますから、僕の感じる「ゆるさ」が若い世代の人にも伝わるような写真を撮っていきたいです。

- -  お話を伺っていると、鉄道に乗って旅に出たくなってしまいました。本日はありがとうございました

 

 

と  き:2020年3月25日
ところ:東京・荒川区の「ゆる鉄画廊」にて

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