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三洋化成ニュース No.522
2020.10.16
フィンランド大使館 商務部 商務官
ラウラ・コピロウ 〈らうら こぴろう〉 Laura Kopilow
フィンランド・エスポー市生まれ。 高校生の時に北海道・函館に留学し、その後早稲田大学に留学。国費留学生として北海道大学大学院に入学、修了。日本の大手IT企業での就職を経て、2018年からフィンランド大使館商務部でファッション・ライフスタイルを担当する。
写真=本間伸彦
-- ラウラさんが日本に来ることになったきっかけは何だったのですか。
私は「とりあえずやってみよう」という性格なんです。高校生の時に「留学してみたいな」と思って、タイミングよく募集されていた日本を選び、留学しました。ホームステイしながら函館の女子高に通い、日本の大学にも留学。その後フィンランド・日本の両方で就職し、現在はフィンランド大使館の商務部に所属し、ファッション・ライフスタイルを担当しています。
-- 日本の印象はいかがでしたか。
日本とフィンランドは、似ているところも違うところもあり、面白いです。新型コロナウイルス感染症が拡大して自粛要請が出た時に、真面目にきちんと守るところなどは共通です。時間や約束を守るところや、相手の気持ちを思いやって適切な距離を保つところ、野菜や魚をよく食べるところ、サウナやお風呂が好きなところも似ています。
-- 長年日本で暮らしていらっしゃるのはなぜですか。
私は、新しいことに挑戦するのも大好きなんです。フィンランドは安定していて少しのんびりしていますが、日本は、市場が大きくてスピード感があり、いろいろなことに挑戦できます。
-- フィンランド大使館の働き方は、フィンランド流なのですか。
はい。フィンランドでは、定時に仕事を終わらせて帰るのが普通です。忙しい時には残業しますが、その分次の日に休憩時間を長く取るなど、自由に調整しています。働く人にとっても組織にとっても残業はしないほうがいいですから、定時で帰る時も罪悪感は一切ありません。残業せず効率よく働く人の方が評価も高いんですよ。
-- 密度濃く働いて、時間になったら帰るのですね。残業時間が何十時間も積み上がっていくことはないのですか。
法律で、残業時間が規定を超えてはいけないと決まっています。人間は弱いものですから疲れたら休む必要がありますし、人間らしく暮らす権利は誰でも持っています。日本人は自分を大事にして、休む権利などの権利意識をもう少し持ってもいいかもしれませんね。
-- 仕事の仕方はどうでしょうか。
誰とでも肩書や上下関係を気にせず、ファーストネームで呼び合います。新しいアイデアや提案も生まれますし、自分の事情や働き方の相談もしやすいですね。若い社員でも能力次第で大きな仕事を任されます。また、コーヒー休憩を取ることも法律で決まっていて、その時間は自由に過ごすことができます。
-- フィンランドは一人当たりのGDPが高いと聞きます。非常に効率よく仕事をしているのですね。
はい。仕事や勉強は、長くやればその分成果が出るわけではないと思います。受験勉強をしたときも、夜の18時には必ず勉強を終わらせて、その後はテレビを見るよう親に言われました。日本の受験生は一日12時間以上勉強すると聞きます。ずっと集中し続けられるならすごいですが、無理をしてかえって効率が落ちていないか心配になります。
フィンランドでは、社会人も「会社のため」に生きる人は少なく、自分のために生きています。仕事が命という人はあまりいません。仕事もプライベートも両方楽しんでいる人のほうが魅力的ですね。
-- プライベートの時間にはどんなことをするのですか。
人それぞれですが、フィンランドの冬は日照時間が少ないので、白夜が気持ちいい夏には外で散歩やジョギング、サイクリングなど、運動をする人が多いですね。DIYも人気で、自分でサマーコテージやテラスを造るんですよ。編み物をする人も男女関係なく多くて、ステイホームの影響で再注目されました。冬が長いので、家の中で楽しく過ごせるように工夫する習慣があるんです。
-- 暇を持て余してしまうことはないのですか。
何もしない時間は、とても大事です。フィンランド人は何もしないのがすごく上手なんです。スマホや本やテレビに邪魔されず、ハンモックに揺られてゆっくりと考える時間って、すごくいいですよ。いいひらめきが生まれることもあります。
-- 日本人は逆に、忙しくしていることで充実感を得てしまう人が多いかもしれません。
-- 日本の企業に勤務された時は、戸惑われたのではないでしょうか。
新卒で勤めた日本のIT企業では、成果よりもプロセスが評価されることが多く、違和感がありました。忙しそうに小走りしたり、資料を細かく丁寧に作ったりすると褒められるんです(笑)。日本でリモートワークがなかなか浸透しないのは、仕事のプロセスが見えなくなるからかもしれませんね。
-- 日本では、社員が休憩を頻繁に取ったり、長く取ったりすると問題になることもあるのですが、フィンランドではそういうことはないのですか。
フィンランドでは、基本的にお互いを信頼して仕事をします。隠れて休憩ばかりしていても、仕事に支障が出て残業が増えれば、誰もうれしくないですよね。労働時間の最低基準を守っていて、きちんと成果が出るのならば、少しくらい休憩が長くてもいいじゃないですか。お互いに信頼があると、すごく働きやすいですよ
-- 在宅勤務をする人も多いそうですが、成果をきちんと出せば、それぞれが仕事のしやすい方法を選べるのですね。その信頼は、どこから生まれるのでしょうか?
フィンランドの冬は、太陽の出ない極夜が長く続く、厳しい時期です。ですから、困難な状況はみんなで助け合って乗り越えようという意識が強いんです。フィンランド独特の「シス(SISU)」もこれに近い考えです。
-- 「シス」とはどのような考え方でしょうか。
日本語の「忍耐」「頑張る」に近いですが、他の人のための我慢や自己犠牲という意味はなく、自分のよりよい明日のために、あきらめずに物事を進める力という意味です。歴史的に見ると、フィンランド人のシスの表れだと言われているのは、第2次世界大戦中の、2度にわたるソ連との戦いです。国力も人口も大きく劣るフィンランドは激しく抵抗し、独立を守りました。今でも「あの人、シスがあるね」と言えば、最上級の褒め言葉です。
-- なるほど。日本とフィンランドの働き方には、ほかにどのような違いがあるでしょうか
日本の企業で、新入社員全員が営業研修を受けることに驚きました。女性は全員ハイヒールが必須。お辞儀の角度も細かく教えられました。
-- フィンランドの企業ではそういうことはないのですね。
全くないですね。職歴や実績、経験を見て即戦力を採用し、採用後もジェネラリストではなくスペシャリストを育てます。学生も、就きたい仕事を意識して、アルバイトやインターンをして経験を積みます。私もフィンランドのアパレル企業、マリメッコでアルバイトしたことがあります。アパレルの仕事の経験はありませんでしたが、日本に留学した経験と日本語が話せることをアピールして採用されました。ヘルシンキ大学在学中には、日本人専用旅行会社でマーケティングマネージャーを任されました。専門性と、あきらめずにアタックした精神が評価されたと思います。年齢や性別に関係なく、誰でも社会人として扱われる社会です。
-- 履歴書には年齢や性別は書くのですか?
年齢、性別は書く必要がありません。写真も添えないですね。また、企業が年齢や性別を限定して募集するのは法律違反です。履歴書には出身校や職歴、経験、志望動機などを書きます。フィンランドの現在の首相も30代の女性ですが、フィンランドでは特別なことではないので、あまり報道されませんでした。逆に海外でこのことが話題になって、フィンランド人が驚いていたくらいです。
-- 社会の中で多様性が認められているのですね
はい。企業にも、多様性のある採用をしたほうが会社が良くなるという考えがあります。社会に必要な商品やサービスを開発する時に、開発メンバーの年齢や性別が偏っていたら、誰にでも使いやすいものはできないでしょうね。
-- 企業にもさまざまな人がいるのですね。日本では、育児や介護をしている人が時短勤務をすると、その分他の人の仕事の負担が増えてしまうことがあります。
フィンランドでは、残った仕事を家でする、早く出社してすませるなど、自分で終わらせられるようにやり方を考えます。夏休みは3週間取るので代理を立てて引継ぎをしますが、日頃から他の人の負担が増えるということはありません。時短勤務の人も企業にとっては必要な人材なので、どんな働き方がいいか、一緒に考えることがいい採用につながると思います。働く側もあきらめずに考えて提案すれば、みんなにとっていいやり方が見つかるかもしれません。やってみてダメだったら、また変えればいいですしね。
-- 日本人は過去のやり方を変えずに、嫌なことも我慢しながら働いてしまっているかもしれませんね。
-- フィンランドは世界幸福度ランキングで3年連続1位になったと聞きました。幸福度が高いのはなぜでしょうか。
自分らしさを重視することが幸せにつながっていると思います。自分らしく生きるには、相手の自分らしさも認め、お互いの違いに寛容になることが大切です。そうすれば、周りの目を気にする必要もありませんし、生き方の違う他人を見て不公平だとも思わないでしょう。フィンランドの高校は基本的に3年間ですが、卒業時期を自分で選べます。私の場合も、高校に4年通って日本に留学した経験が、その後プラスになりました。働きながら大学に入り直したり、勉強して資格を取ったりする人も多いですよ。
-- やり直しのきく社会なのですね。日本では長く新卒一括採用、終身雇用で、レールから外れないのが大事でしたが、今では少しずつ変わってきています。でも「みんなと同じ方がいい」という考えも、まだまだ根強いかもしれません。
日本は教育でも、自分らしさをアピールしたり、これまでの常識を疑ってみたりすることがあまりないので、急には難しいかもしれませんね。フィンランドでは「地域限定」「期間限定」などの限定商品も、あまり人気がないんです。自分が好きではないものや自分らしくないものは持たないですね。
-- 流行に合わせて物を買うということもないのですね。
そうですね。「衣食住」という言葉で「衣」が最初に来るように、日本人は人からの見え方を一番気にしているのかもしれません。フィンランド人は衣食住の中では、住に当たるインテリアに特にお金をかけ、自分らしさや自分の居心地の良さを大切にしています。
-- 言われてみればそうですね。面白いです。
日本に来て「女子力」という言葉を知りました。例えば料理の好きな女性を「女子力が高い」と言いますが、料理が好きではない女性もいますよね。なぜ女性みんなが、一般的な女性というイメージの通りのことをしなければいけないのか不思議です。男性が料理をすると「すごい」と褒められるのも、おかしいですね。料理が好きだったり上手だったりすることに、性別は関係ないはず。男性に男性らしさを求めるのも、男性がかわいそうです。女性らしさや男性らしさに合わせることは、誰にとってもいいことがないと思います。
-- その通りです。
「イクメン」や「ワーキングマザー」も同じように、相手を一人の人間として見るのではなく、社会的な役割やイメージに当てはめてしまう言葉だと思います。私の家では、父はアイロンがけや料理が好きで、母は日曜大工が好きで屋根の修理を自分でしていました。それは男子力や女子力ではなく、彼らしさ、彼女らしさ。男性も女性も、自分の適性に合わせて、家事や育児や仕事をすればいいと思います。
-- 家庭の中でうまく役割分担すればいいのですね。考えてみれば、女性にしかできないのは出産くらいです。
フィンランドでも、まだ育児休暇は女性が取ることが多いです。男性が育児休暇を取って女性が働きたい場合にも、対応できるような制度があるといいなと思っています。
-- 日本でも少しずつ考え方が変わっています。若者が今までと違う生き方を選ぶ時に、応援してあげられる人でありたいです。
フィンランドの人は、幸福を感じる基準がとてもシンプルだと思います。太陽が出ていて、自分で建てたサマーコテージで、家族や仲間に囲まれてご飯を食べるのがとても幸せだと感じるんです。期待を高くしすぎず、小さな幸せをきちんと感じて、欲張らずにゆったりと生活しています。世界一周旅行をするのも確かに楽しいけれど、結局生きるのに必要なものは、天気と、人間関係と、食事くらいではないでしょうか。
-- 日常でも、幸せと感じられることはたくさんあるのですね。
フィンランドでは「good enough」と言うことが多いです。仕事で使う資料も、残業して完ぺきなものを作らなくても、内容が伝われば十分。何事も、効率よくほどほどにという考え方が、生活に溶け込んでいると思います。
-- 求めすぎないという点では、「足るを知る」という考え方にも似ている気がします。
日本は真面目な人が多い、いい国で、私もとても良くしてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。今、新型コロナウイルス感染症の影響で、日本の働き方も少し変わってきたと思います。フィンランドの生き方を紹介し、いいものは日本でも取り入れてもらって、日本の働き方やプライベートの過ごし方が少しでも良くなればうれしいです。
-- web会議や在宅勤務も浸透しつつありますし、日本でも少し感覚を変えることで、多くの人が幸せになれそうです。本日は、ありがとうございました。
と き:2020年6月18日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて