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三洋化成ニュース No.501
2017.04.26
赤道直下のボルネオ島。眼下には起伏の少ない熱帯多雨林が広がっている。ボルネオ島は、マレーシア・ブルネイ・インドネシアの3カ国が領有しており、僕はジャカルタから国内線に乗って、南側のインドネシアを訪れた。日本と経度差がわずかで時差が1時間なので、時差ボケの心配もない。海外取材では、いかに時差ボケを乗り切るかが、結構重要な課題である。
ボルネオ島を訪れた理由はオランウータンに会うためだ。世界の大型類人猿4種のうち、ゴリラ、チンパンジー、ボノボはアフリカにすみ、唯一オランウータンだけは東南アジアにすむ。そのオランウータンは、スマトラ島にすむスマトラオランウータンと、ボルネオ島にすむボルネオオランウータンの2亜種に分かれている。ジャングルにすむため、枝をつかむことに特化した手足で、生涯の多くを樹上で過ごしている。時々鳥や卵、昆虫などを食べるのだが、基本的にはベジタリアンで、植物や果実を主食としている。
ボルネオ島の南部では、豊富な水をたたえた熱帯多雨林から、幾筋もの川の流れがジャワ海へと注いでいる。オランウータンのすむ密林へ行くためには、そのうちの一つの川を、船で半日ほどさかのぼらなければならない。近隣の町でクロトックと呼ばれる屋形船のような船をチャーターし、出航する。ジャングルの中では、このクロトックで寝泊まりし、食事もし、取材を行う。クルーは船をつかさどる船長、コック、手伝いの少年、それに撮影に同行するガイド、そして僕の5名だ。
川幅の広い河口から上流へと向かうにつれ、だんだんと川幅が狭くなってくる。水はタンニンをたっぷりと含んでいるようで、濃い紅茶のような色をしている。川岸を覆うように生える木々の上では、テナガザルや鼻の大きなテングザルが、枝から枝へ飛び移るように移動しながら葉を食べている。
川をさかのぼること数時間、いくつかあるうちの最初のフィールドへと到着した。川岸に船を着け、ジャングルの奥へと歩いていく。甲高い虫の声が鳴り響く森の中を歩くと、大量の汗が滴り落ちる。赤道直下の強烈な日差しは木々に遮られ、気温はさほど高くは感じないが、湿度が100%近いからだろう。
獣道を森の奥へとしばらく進むうちに、樹上にいるオスのオランウータンを見つけた。フランジと呼ばれる、両頬がグッと張り出した、この周辺をテリトリーとするボスだ。張り出した頬自体をフランジというのだが、単にボスを指す意味にも使う。オスには不思議な習性があり、テリトリーを掌握すると顔の両脇がだんだんと張り出してきて、顔が大きくなる。これはボスになったオスだけに限られる現象で、ボス以外のオスはフランジができない。ホルモンが影響を及ぼしているのだろうが、どのような仕組みでそうなるかはいまだ解明されていない。
フランジのオスに近付くのは気を使う。やたらに攻撃的な生き物ではないのだが、体は大きく、力も強い。さまざまな動物たちと同様、様子をうかがい、僕が敵ではないことを伝えながらの接近となる。当然、エリアが変わればフランジのオスも変わり、それぞれの性格も異なってくる。血気盛んな若いフランジもいれば、穏やかな老年のフランジもいる。それぞれの個性を見極めながら、対峙しなければならない。 ある時、小さな子どもを連れた親子に出会った。警戒心を抱かせぬよう、そっと近付く。メスはオスに比べて体の大きさが半分ほどのイメージで、かなり親しみやすい。母子は3年ほどの授乳期間の後も共に過ごし、7〜10歳くらいになると子どもは独立する。これだけ長く一緒に過ごすのは、野生動物の中では珍しい。やはり同じヒト科の仲間として、人間に近いのだなと感じる。オランウータンは好奇心がとても強く、撮影しているとそばに寄ってきて、服を引っ張ったり、髪の毛を触ったりする。メスはちゅうちょなくそういう行動に出るが、子どもは多少おっかなびっくりといった様子だ。ただ、僕がそのように身を任せるのも、おとなしいメスと子どもだけで、体が大きく力持ちのボスや大人のオスの場合は危ないので、間近に寄ってきたら、静かに逃げるようにしている。 オランウータンと見つめ合うのは、コミュニケーションとしてとても有効である。ニホンザルなどは怒りをあらわにするが、大型類人猿は穏やかに見つめ返してくる。まるで言語を超えた領域で、通じる術があることを教えてくれているようだ。 |
100年前と比べると、オランウータンはその数を5分の1にまで減らしているという。展示用やペットとして大量に密猟され続けたことや、大規模な森林火災の影響だ。さらには、栽培効率の良いパーム油を得るためのアブラヤシのプランテーションが造成され、ここボルネオ島でも数十年の間で、破滅的な勢いで熱帯多雨林の面積が減っている。熱帯多雨林がなければ、樹上生活者のオランウータンは、自然界で生きてはいけない。ただ近年では、行き過ぎた開拓に歯止めをかけるために、さまざまな保護活動が盛んになってきている。熱帯多雨林はオランウータンだけでなく、ほかの動植物たちや我々人間にとっても、貴重で大切な自然であるのは言うまでもない。
上流から下流へ川沿いを移動する母子
オランウータンたちは、濃い森の緑に体毛の緋色がとても映え、そして馴染んでいた。人に類する猿。島の人々は愛情と畏敬の念をもって彼らを「森のひと」と呼ぶ。
1969年東京都生まれ。和光高等学校卒業。
エンジニアとしてコンピュータ関連会社に勤務した後、独学で写真を始める。1997年から動物写真家・田中光常氏の助手を務め、2000年からフリーでの活動を開始。世界を舞台に、野生動物の生きる姿をテーマに撮影に取り組み、雑誌、写真集、写真展などで作品を発表している。2008年日本写真協会賞新人賞受賞、2013年第1回日経ナショナル ジオグラフィック写真賞グランプリ受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。主な著書に『動物写真家という仕事』など。