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三洋化成ニュース No.528
2021.09.15
高機能マテリアル事業本部 研究部 機能添加剤研究グループ
ユニットマネージャー 服部 真範
[お問い合わせ先]
高機能マテリアル事業本部 樹脂営業部
温室効果ガス排出量削減は、世界が直面する喫緊の課題である。特に排出量が多い自動車では、部材の軽量化を通した燃費改善によるCO2排出量削減を目的に、金属からプラスチックへの置き換えが進められている。 なかでもABS樹脂は機械強度のバランスに優れることから、自動車の内外装部材として多く使用されている。しかしながら、ABS樹脂は耐薬品性に劣るという欠点があり、その改善が求められていた。本稿では、当社が開発したABS樹脂の耐薬品性を向上させる樹脂添加剤『ファンクティブ』を紹介する。
ABS樹脂は、アクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの3成分からなる熱可塑性樹脂であり、アクリロニトリル/スチレン共重合体(AS樹脂)とポリブタジエンの混合物(ポリマーアロイ)である。ABS樹脂の構成成分に由来する特長、すなわち、アクリロニトリルの耐熱性、機械的強度、ブタジエンの耐衝撃性、スチレンの光沢性、加工性、安定性を併せ持つため、一般的にトレードオフの関係にあるといわれる「剛性(硬さ)」と「耐衝撃性」のバランスにも優れている。また、印刷、塗装や接着などの後加工、難燃化、繊維強化や他樹脂とのアロイ化などの高機能化も容易であり1)、比較的低コスト2)なため、流通量が多い3)。このような特長から、家電や自動車車載部品、住設関連部材、OA製品などの筐体など、幅広い分野で使用されている1)。
しかしながら、ABS樹脂は非晶性樹脂であり、ポリオレフィンなどの結晶性樹脂に比べると耐薬品性に劣るという欠点がある。具体的には、塗料や接着剤中に含まれる有機溶剤や食用油、衣料用洗剤、日焼け止め、化粧品などの薬品との接触により①軟化、脆化、溶解、これに伴う外観不良、②微小クラックの発生、目視可能レベルのひび割れの発生などが起こる1)。特に②はソルベントクラック、ケミカルクラック、ストレスクラック、環境応力亀裂などと呼ばれており、ABS樹脂の代表的な不良発生の原因となっている。従来、薬品との接触が多い用途では、表面処理などの二次加工や耐薬品性が高い他樹脂への置き換えなどが行われており、その結果コストアップにつながるなど、製品設計を行う上で制約が生じていた。このことからABS樹脂自身の耐薬品性 向上が強く望まれていた。
当社は、界面制御技術や高分子設計技術を生かして、これまでさまざまな樹脂添加剤を幅広く開発、製造、販売してきた。これら製品群の開発により得られた知見を生かし、今回、ABS樹脂の耐薬品性を向上させる樹脂添加剤『ファンクティブ』を開発した(表1)。
ABS樹脂は、AS樹脂中にポリブタジエンが分散したもので、電子顕微鏡写真の白い部分がAS樹脂、黒い部分がポリブタジエンである(図1)。成形品に薬品が接触すると、①薬品がAS樹脂に浸透し、膨潤させながら、②AS樹脂/ポリブタジエン界面に到達、③AS樹脂/ポリブタジエン界面の密着力を低下させ、クラックの起点となると推定される4)(図2)。特に射出成形品では、成形品に成形ストレス(残留応力)が残っており、上記の微小クラックが目視可能なサイズのひび割れに成長し、場合によっては成形品が破断することがある。
当社の『ファンクティブ』は、ABS樹脂の耐薬品性を向上させるため、低添加で効率よく薬品の浸透を阻害することを目的に開発したものである。『ファンクティブ』自身を耐薬品性の高い組成とし、ABS樹脂への相容性をコントロールし、ABS樹脂中に筋状に分散するよう分子構造設計を行った。『ファンクティブ』を添加した場合(図3)では、『ファンクティブ』がAS樹脂中に筋状に分散し、一部はポリブタジエンを被覆していることが確認できる。これにより、『ファンクティブ』が薬品のAS樹脂への浸透の広がりや、AS樹脂/ポリブタジエン界面への到達を阻害し、クラックの発生を抑止していると推察できる(図4)。
[『ファンクティブ』の効果]
(1) 試験片作成方法
評価用の試験片は、以下手順で作成した。ABS樹脂と『ファンクティブ』をドライブレンドし、二軸押出機(テクノベル製KZW15TW-45MG)で溶融混練した後(バレル温度:250℃)、射出成形機(日精樹脂製FNX80Ⅲ)を使用し射出成形した(ノズル温度:250℃、金型温度50℃)。ABS樹脂および『ファンクティブ』は熱風式乾燥機で事前に予備乾燥して使用した(80℃、3hr)。
(2) 耐薬品性試験
ベルゲン式1/4楕円試験法5)で耐薬品性を評価した(表2)。臨界歪値が大きいほど耐薬品性が高いことを示す。用途や要求性能により異なるが、一般的に臨界歪値が0.7以上あれば耐薬品性があると言える6)。
各種薬品に対する耐薬品性試験結果(臨界歪値)を表2に示す。『ファンクティブ』の添加により、臨界歪値が向上し、耐薬品性があるとされる水準(臨界歪値ε≧0.7)を達成している。また、本稿では記載を省略するが、ポリカーボネート/ABSアロイ(PC/ABS)でも同様の結果が得られている。薬品の種類によって、適する『ファンクティブ』のグレードが異なり、疎水性の薬品(ガソリン、炭化水素など)へは『ファンクティブY-200』が、親水性の薬品(エタノール、洗剤)や製剤(日焼け止め)などへは『ファンクティブP-600』が適している。
(3) 機械物性
ABS樹脂に、『ファンクティブ』を添加した際の機械物性を示す(表3)。『ファンクティブ』 の添加によって機械物性はほとんど変化していないことがわかる。MFRの変化量は小さく、成形加工性への影響も小さい。
ABS樹脂は一般に不透明であるが、透明性を有するグレード(透明グレードABS樹脂)もある。これまで透明グレードABS樹脂に耐薬品性を付与させようとすると、透明性を損なうことがあった。『ファンクティブP-600』は透明グレードABS樹脂の透明性を維持したまま耐薬品性を向上できるように組成設計をしている。図5 に耐薬品性試験前後での成形品の外観を示す。『ファンクティ ブ』を添加しない場合は耐薬品性試験後に外観が悪化しているが、『ファンクティブP-600』を添加した透明グレードABS 樹脂は耐薬品性試験後も成形品の外観が悪化していないことがわかる。表4に耐薬品性の評価結果を示した。特に消毒用エタノールに対して効果が高いことがわかる。
[適用例]
ABS樹脂の耐薬品性を向上させることで、以下用途への適用が可能になると考えられる。
① 自動車外装部材
ドアハンドル、サイドミラーハウジング、スポイラー、ラジエーターグリルなど。塗料中の溶剤によるクラックを防止し、塗料の選択自由度、歩留まり向上につながる。
② 自動車内装部材
コンソールボックス、ドアトリム、インパネなど。ユーザーが使用した日焼け止め剤の接触やアルコール消毒による、ABS樹脂のクラック発生、表面劣化を防止できる。
③ 家電
洗濯機や冷蔵庫、テレビやパソコン、ゲーム機のディスプレー枠など。洗剤の接触やアルコール消毒によるクラックの発生を防止できる。
④ 住宅設備
浴室、洗面台、台所など。洗剤等が接触することによるクラックの発生を防止できる。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する中、 感染拡大防止策としてアルコール消毒が日常化し、プラスチック製品がアルコールにさらされる場面も増えており、今後ますますABS樹脂のアルコール耐性の向上が求められる。耐薬品性向上剤『ファンクティブ』 は、ABS樹脂や、ABS系ポリマーアロイの耐薬品性を大幅に向上し、適用部材や用途の拡大 に貢献できるものと考えている。今後はさらに低添加量で耐薬品性を向上できるグレード開発を行うなど、多様化する樹脂改質のニーズに応えていく予定である。
参考文献
1)大阪市立工業研究所編「プラスチック読本 第20版」
2)化学工業日報社、「プラスチック成形材料商取引便覧」
3)石油化学工業協会 HP、http://www.jpca.or.jp
4)本間精一、マテリアルステージ、20、4、54(2020)
5)樋口裕思、成形加工、26,10、478 (2014)
6)テクノUMG HP、http://www.t-umg.com