MENU
三洋化成ニュース No.528
2021.09.15
-- 自分の声を録音して聴くと、「私の声ではない」と思う方が多いですね。
他人が聴く声と自分が聴いている声では、実は音の伝わり方が違います。人が聴いている声は気導音といって、空気伝導で伝わった音を声と認識します。録音されるのもこの音ですね。一方、自分自身の声は骨伝導といって、自分の骨や筋肉、身体の組織を伝わって直接、内耳に届く音と、外耳から入ってくる気導音の混ざった音です。骨伝導は低めの周波数をよく伝えるんです。だから録音した声は自分が思ったよりも高く聴こえてしまって、ショックを受ける人が多いんですよ。誰しも録音した自分の声を聴くのは嫌だと思いますが、声はコミュニケーションツールなので、相手にどう聴こえているのかを客観的に知ることがとても重要です。
-- 相手への声の聴こえ方といえば、日本人には作り声の人が多いとご著書で指摘されていました。
ええ。特に女性に多いです。男性に可愛いと思われる声がか弱い声だったり、高い声だったりするという風潮から、無意識にそういう声を作っている人が多いんです。でも高い声は舌骨や喉頭をせり上げて出しているものですから、話し続けていくうちに辛くなってしまいます。それに職場や学校で作り声で話し続けていると、その良くない声がどんどん自分の心身を蝕んでいってしまうんです。
-- 山﨑さんにもそのような声を出していた時期があったんですか。
ありましたね。当時は自分の声を不快に感じていましたし、自分を偽って作り声をずっと続けていると疲れてしまって。男性からよく思われる声を探そうとするのは、自分にとっても相手にとってもプラスにならないなと思いました。「高くてか弱い声が可愛い」という考え方を、女性自身が変えることが大切なんです。そのためには、オーセンティック・ヴォイスを見つけることが重要だと思います。
-- オーセンティック・ヴォイスとはどんなものなんですか。
オーセンティック・ヴォイスは、聴いたときに脳の奥底から心地良い、好きだと思える声のこと。その人自身の本物の声です。一度録音して聴いてみると不快に感じる声というのは、身体のどこかが「嫌だよ」と教えているんです。自分の声が不快で身体にも悪影響だなんて悲劇じゃないですか。
-- 仰る通りです。では、理想の声を身につけるためにはどうすればよいでしょうか。
やはり、まずは録音してみることです。話している内容を言葉ではなく、音として聴いてみてください。そして自分が話しているところを客観的に聴いて、受け入れてみる。言葉遣いや話し方など表面的なことは、意識するだけで劇的に変わります。それから自分の声の中で直感的に心地良いと思える声を探して、その割合を増やしていくといいと思います。それがその人のオーセンティック・ヴォイスです。客観的に聴くということは、声に乗った自分の感情、自分の性格と向き合うことでもあるんです。
-- スマートフォンがあれば、誰でも録音は簡単にできますね。
そうなんです。以前はレコーダーを用意しなくてはいけませんでしたが、スマートフォンが登場したことにより、声を録音することへのハードルは随分下がりましたよね。ですから専門のトレーナーがいなくても、意識して聴くだけで、自分の声や話し方を変えられます。オーセンティック・ヴォイスを見つけることは、人生をも変えられる一大改革ともいえるのです。
-- 私たちの周りにはたくさんの音が溢れ、知らず知らずのうちにストレスを溜めているそうですね。
はい。外にいると本当にいろいろな音がしますよね。電車に乗ればアナウンス、商店街を歩いても店ごとに別々の音が流れてきて…。音の洪水で溜まったストレスは、身体の不調として現れることもあります。
-- なるほど。音の心地良さは身体にとっても大切なんですね。音を心地良いものにするには、何に気を付ければいいのでしょうか。
生まれた時から、脳の神経ニューロンに伝わった音は全部脳に蓄積されていって、決して消えることはありません。さらに不快な音を積み重ねていかないためになるべく音の少ない空間に身を置いてみるとか、自分が心地良いと思う音を出したり聞いたりしてみることです。
あるデパートではBGMだけでなく空調の音など空間の音を変えただけで、お客さんの滞在時間が長くなり売り上げが劇的に増えたそうです。職場環境の音というのは、社員の働き方にも関わってきますし、音を制する企業の業績が上がることは、各国で実証されているんです。
-- 日々当たり前のものとして耳にしている音も、人間の行動や感じ方に大きな影響を与えているんですね。
-- 海外では、声について研究や教育が進んでいるのですか。
もちろん、声の重要性に着目して教育を進めている国はあります。特にアメリカでは声の持つ力を理解し、使っている方が多くいらっしゃいます。なかでもリーダーを教育するような機関では、絶対に声の教育をやっていますね。自分が持っている一番魅力的な声を探すところから始め、リーダーとしてより人から信頼を得るための声やしゃべり方というものを身につけていきます。声は脳に直接働き掛けるものすごい情報源ですから、リーダーになる人には本当に重要なんです。私は日本でももっと声の教育に力を入れるべきだと思っています。
-- 特にどのような人に声の教育が必要でしょうか。
リーダーとなる立場の人や教育者に必要だと思います。学校の先生は高くて大きい声を出す人が多いのですが、そのせいで声を潰してしまったり、体調を悪くしてしまったりする人がでてきています。作り声ではなくて、ご自分のオーセンティック・ヴォイスで話せば子どもにも意思は伝わりますし、ご自分の体調も良くなるはずです。実際に声を変えるだけで改善された事例や人もたくさん見てきているんですよ。そうした経験から、オーセンティック・ヴォイスで話すことで自分にも周りにも良い影響を与えられるし、社会も変えていけると思っています。
-- リーダーになるべき人以外も、自分自身や人に聴かせる声というものに意識を向けたいものですね。
ええ、身近なところではお家の中でお父さん、お母さんがどんな声で話すかということが環境を変えていきますね。私たちは肉声から、言葉だけではなく感情も読み取っています。だから、言葉があまり理解できない小さな子どもや、家族全般に対してもオーセンティック・ヴォイスは有効です。高い声でヒステリックに「だめ!」と言うのではなく、低く落ち着いた声で話しかければ、きちんと思いは伝わります。子どもは言葉よりも声から人の心を読み取ります。それは声に出ている本音や感情といった情報を、脳の本能領域が言葉よりも速くダイレクトに受け取るからです。
また、高い周波数は脳を興奮させるので、相手も自分もさらにヒステリックになっていってしまう。そんなことも声が及ぼす作用として知っておくと便利かもしれませんね。
-- 私はオーセンティック・ヴォイスで話せているのでしょうか。
森さんはとてもいいお声ですが、よく聴いていると、落ち着きがありながら明るくて、心にぱあっと飛び込んでくるような素敵なお声が出ていますね。その魅力的な声の割合を増やしてみてください。
-- 社会の状況が声に影響を与えることはありますか。
はい。金融危機や不景気、あるいは戦争が近づいたりすると、人々の声はおおむね高くなります。メディアに流れる声が緊張感を帯びて高くなるので、その影響を受けるのです。私たちの声は、周りの声を聴覚が取り込み、それに適応するように脳が作り出すことの連続ですから。
-- 現在、コロナ禍でマスクをしていますが、喉は潤って保護されますよね。マスクをすることで声の出し方には影響があるのですか。
それは声を出す人の意識次第ですね。マスクをつけていることを良く活かせる人もいれば、悪く作用してしまう人もいます。一方で全く変わらない人もいるので、3パターンくらいに分かれると思います。
-- 悪く作用している人は、何が問題なのでしょう。
悪く作用している人は、おそらく普段から自分に対してあまり肯定感がなかったり、素の自分を隠そうとしたりする方たちです。だから、マスクをしていると余計に内向的になってしまうんだと思います。それがマスクの一番良くないところですね。
-- マスクをしていると口の動きが制限されるように感じるのですが、気の持ちようが問題なんですか。
たしかに口の周りの筋肉は動きにくくなります。でも本来発音の明瞭さというのは、口の開け閉めの大きさとはあまり関係がないんです。それから滑舌も、あまりマスクの影響を受けるものではないですね。マスクをしているから声が通らなくても仕方がない、という気持ちがあると、相手に伝わりにくい話し方になってしまうんだと思います。
反対にマスク越しだと声が通りにくくなることを意識して、口の中ではっきり発音したり、声道の作り方を工夫したりできる人は、その効果で声、話し方、発音などどんどん良くなっていきますよ。
-- マスクが良い意味での負荷になっているんですね。
そうなんです。ご家庭内などマスクを外して喋る時間もあると思いますので、マスクをしているときと自分の声がどう違っているのか聴いてみるといいと思います。耳、そしてさらに聴覚や脳といった音を感じる部分をきちんと使えるかどうかが、マスクをしていることが吉と出るか凶と出るかの分かれ目になるんです。
-- これからもウィズコロナの生活は続いていくでしょうから、日々トレーニングを重ねる人とそうでない人では大きな差が出そうですね。マスク以外にもアクリル板やビニールシートの仕切りのせいで、大きな声を出して喉を痛める人もいそうですが。
そうなんですよね。そこは体性感覚を敏感に働かせるといいかもしれません。こんな声の出し方をしたら喉が痛くなったとか、声がガラガラになってしまったとかいうことをちゃんと認識して、少し喉頭を下げてみるとか肩の力を抜くとか、喉を開き気味にしてみるなどの対処法を考えればいいわけです。
がなり立てて相手にうまく伝わらないということを避けるためにも、自分の声を話しながら冷静に聴いてみる。もっと良くするにはやっぱり録音して客観的に聴いてみるのが一番手軽で有効な手段だと思いますね。
-- コロナ禍を機にリモート会議も急速に普及しましたが、リアルな会議よりもなんだか疲れてしまいます。
私たちは無意識、あるいは意識的に、声からいろいろな要素を聴き取っています。リモート会議では声が圧縮されてしまって、普段声から読み取っている情報がつかめないから疲れるんです。
-- では、合成音などもあまり良くないのでしょうか。
言葉を伝えるという目的には便利だと思います。ただ、合成音を聴き慣れて、それを心地良いなと思ってしまった時点で、人から非常に生々しい感情を受け取ったり、自分で感情を出したりすることが苦手になっていくだろうなと思います。やはり肉声の持つ魅力に合成音はかなわない。人の肉声には、その人が生きてきた人生の重みというのか、言葉以外の情報がたくさん載っているんです。例えば「おはよう」という一言から、「今日体調悪いのかな」「今日はなんだか機嫌が良いな」など、読み取れることがあるでしょう。そこに生の声を聴くことの大切さがあると思っています。
ちなみに、最近日本の研究者が発表したところによると、人間は生の音を皮膚から聴いているんだそうですよ。
-- えー! 皮膚が「聴く」んですか。
そうなんです。一般的に20ヘルツから2万ヘルツというのが、人間が聴き取れる音の範囲だといわれています。そして、2万ヘルツ以上の音を超音波、20ヘルツ以下の音を超低周波と呼んでいます。皮膚は耳では聞きとれない超音波や超低周波を感知し、直接脳に情報を送っているそうです。さらにその音の種類によっては、脳内でオキシトシンという抗ストレス作用のある物質が出されていることもわかったんですよ。無意識であっても、生の音から受け取っている情報は膨大なんです。
-- デジタル化が加速するなかで、対面して生の声を聴き合うどころか、電話も使わずにメールだけで済ませてしまう人も多いといいますが。
スピードやデジタル化を追い求めていくと、社会も個人の感情もどんどん単一化して薄くなっていくだろうという感じがします。人間の脳はいろんな声を聴けば聴くほど、耕されていくものです。声の多様性は、社会の多様性につながります。特に今は、人との間にマスクやアクリル板があって、人とは距離をとって接触しないのが当たり前という状態で、感情のやりとりがしにくくなっています。自分の感情を伝え、人の感情を受け取るための素地をつくるのが、人の声です。こんな時代だからこそ、肉声で感情を伝え合ってほしいと思いますね。
-- デジタル化が進む現代だからこそ肉声が大事なんですね。声を通して心を伝え合い、多様性のある社会をつくることを意識したいと思います。本日はありがとうございました。
と き:2021年5月17日
ところ:東京・日本橋の当社東京支社にて