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三洋化成ニュース No.531
2022.03.17
待ちに待った桜のシーズンが近づいてきました。鉄道写真家にとって桜の季節は名作をモノにできるチャンスでもありますが「せっかく桜が満開なんだから、ちゃんと撮らなくちゃもったいない!」とばかりに、ついつい定番カットばかりを量産してしまいがち。でもこんな時こそ自分が何に感動したのか、そして写真を通して何を伝えたいのかをしっかりと意識して、他の人がどんな写真を撮っているかを気にすることなく、自分ならではの目線で、鉄道と桜を撮るようにしたいところです。
今回は桜の定番スポットをご紹介するだけでなく、作品をお見せしながら、僕がどのような意図で作品作りをしているかを解説してみたいと思います。ぜひ今年の桜の撮影の参考にしていただけたらと思います。
上の作品は、群馬県を走るわたらせ渓谷鐵道で撮影したもの。大間々駅と上神梅駅の間にあるこの場所は、線路の両側が桜並木になっており、4月上旬に桜が満開になると多くのカメラマンでにぎわいます。撮影地では訪ねた時間帯の光線で撮影するしかありませんが、「他の時間帯だったらどんな光線だろう?」という感じで、想像してみることも大切です。僕はあるイメージがビビッと頭に浮かび、誰もいない真っ暗な夜に訪ねてみました。夜に撮影するのはライトアップされた桜が中心ですが、観光地ではないこの場所がライトアップされるはずもありません。桜並木の近くには街灯がいくつかあり、わずかに桜を照らしていますが、それ以外はほぼ真っ暗。ならば、列車のライトに照らし出してもらおうと思い付いたのです。
AE(オート露出)だと、列車のライトの影響を受けて露出アンダー(シャッタースピードと絞りの組み合わせを間違えたために写真が暗くなること)になってしまうので、勘で露出を決めてマニュアルモードで露出を固定。列車が来る前は、下の写真のようにほぼ真っ暗な状態なので不安になりますが…、列車が近づくにつれて徐々に桜がライトアップされていきます。そして列車が桜から顔を出す前のギリギリのタイミングで、この絶景が完成しました。圧倒的なボリュームの桜を、列車のライトが浮かび上がらせた幻想的な一枚。あえて列車を写さないことで、見る人の想像力を刺激できるのではないかと思います。
佐賀県にある松浦鉄道の浦ノ崎駅も、駅の両側が桜並木になっていて3月下旬から4月上旬にかけて満開になると、たくさんの人が訪れます。下は駅の待合室。こんなベンチで、ぼ〜っと桜を眺めたくなりませんか?
朝早くから撮影を開始しましたが、どの方向から狙っても同じような構図になってしまいます。そこでふと真上を見ると、青空をバックにピンク色の桜が映えていることに気付きました。そこで僕は狙いを大胆に変え、カメラを空に向けて列車を待ちます。列車がかなり大きく写ってしまうので、桜より列車が目立たないように低速シャッターで列車をぶらして撮影します。その結果、流れた列車の窓はまるで鏡のように桜を映し、列車の風で舞った花びらが、まるで筆を走らせたように、幻想的に自由な線を描いてくれました(下の写真)。
気を良くした僕は、列車の風圧が生み出す桜吹雪を狙います。ピントの位置は当てずっぽうで決めて、列車の通過と同時にシャッターを切りまくりました。残念ながら桜吹雪にはなりませんでしたが、運良くたった1枚の花びらがピント面にバッチリ飛んできてくれました(下の写真)。小さな白いハートのような花びらが、列車の側面に映り込み、幻想的でロマンチックな一枚になりました。
上のカットは、山陽新幹線に登場したハローキティ新幹線。ピンクが基調のかわいいデザインの車体を春の彩りとともに撮りたくて、線路脇に桜が咲く場所を探し、サイドから流し撮り! 1日1往復だけの運行なのでチャンスはたった1回。緊張しましたが、バッチリ撮ることができました。正直シャープなイメージの500系新幹線に、このかわいいデザインは似合わないのでは? と思っていたのですが、まるで桜の木々を抜ける風のように列車が現れた時、周囲の風景がぱっと明るくなった気がしました。
下は桜並木の中を走る大井川鐵道。主題は窓に映り込んだ桜です。こういうシーンでは桜並木全体を入れて撮りがちですが、ここではあえて窓の部分だけを切り取りました。こんなシーンを見つけるこつは、何といっても乙女ゴコロです(笑)。
下の写真は、樽見鉄道の谷汲口駅(岐阜県)で撮影した作品。主役は列車ではなく、桜を眺める運転士さん。出発の時間調整のわずかな時間に、運転士さんが外に出て思わず見上げてしまうほどの桜の美しさが表現できたようで、お気に入りの作品になりました。
定番写真を撮らなきゃ! という呪縛から解放されると、目が覚めたように周囲がぱっと見えてきます。この春、ぜひ自分だけが見つけることができる桜が輝く瞬間を、探してみてくださいね。
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〈過去にゆる鉄ファインダーでご紹介した写真をこちらからご覧いただけます〉
〈なかい せいや〉1967年東京生まれ。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わる全てのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影する。広告、雑誌写真の撮影のほか、講演やテレビ出演など幅広く活動している。著書・写真集に『1日1鉄!』『デジタル一眼レフカメラと写真の教科書』など多数。株式会社フォート・ナカイ代表。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。