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三洋化成ニュース No.532
2022.05.23
サンアプロ㈱ 研究所
副主任 中尾 拓人
[お問い合わせ先]
サンアプロ㈱ 東京営業所
光酸発生剤は、光照射により分解し、酸を発生する機能を持つ感光剤である。発生した酸が活性種となり、カチオン重合や架橋反応、脱保護反応などの触媒となることから、光硬化性樹脂用の開始剤やフォトリソグラフィーに用いられる化学増幅型レジスト用の光酸発生剤として利用されている。なかでも光硬化性樹脂は、飲料缶用下地塗料、コーティング剤、3Dプリンターなどに用いられる三次元光造形用樹脂、光硬化型接着剤、半導体や液晶用のネガ型レジストなど幅広く実用化されている。そのため、光硬化性樹脂の加工条件や必要物性も多種多様であり、光酸発生剤に求められるニーズも多岐にわたる。本稿では、光硬化性樹脂における光カチオン重合開始剤としての役割を中心に、近年開発した光酸発生剤『VC-1』『ES-1』シリーズについて紹介する。
光硬化性樹脂は、光を短時間照射するだけで硬化する樹脂である。熱硬化に比べ、硬化時間の短縮、設備の小型化、省エネ、無溶剤などの特長があり、生産性の向上や環境負荷低減が可能な材料である。照射する光としては高圧水銀灯が一般的で、近年では透過性が高い長波長光のLEDや青色レーザー光など多様化してきている。光硬化性樹脂には、ラジカル重合型とカチオン重合型とがあり、一般的にラジカル重合にはアクリル樹脂、カチオン重合にはエポキシ樹脂やオキセタン、ビニルエーテル化合物が用いられる。なかでもエポキシ樹脂は、靭性や電気絶縁性に優れるため、電子材料用の光硬化型接着剤やネガ型レジストとして好適である。カチオン重合型の光硬化性樹脂には、重合開始剤として光酸発生剤が利用されている。カチオン重合型光硬化性樹脂は、ラジカル重合型と比較して、①酸素による硬化阻害を受けない、②開環重合のため硬化収縮が小さい、③接着性など硬化物の物性に優れる、などの特長がある。硬化収縮によるひずみは加工物が大きくなるほど顕著に表れるため、高い寸法精度が必要な用途ほどカチオン重合型が好まれる。一方、欠点として、ラジカル重合型よりも硬化速度が遅い、水分による硬化阻害を受けやすい、といった点が挙げられる。硬化速度は活性種となる酸の量や酸強度によってコントロール可能なため、硬化速度を改善するアプローチとして、光酸発生剤には光分解による酸発生率や発生酸の重合活性の向上が要望されている。硬化促進のために光照射後に加熱する場合があるが、加熱や残存酸に起因する樹脂の変性により着色してしまうケースもあり、光学用途等の透明性が重視される用途では着色の抑制が求められる。
光酸発生剤は、光を吸収する部分と酸の発生源となる部分から構成される。一般的な光酸発生剤は、スルホニウムイオンやヨードニウムイオンをカチオン部分とするオニウム塩である(表1)。これらのオニウム塩では、カチオン部が照射された光を吸収・分解し、アニオン部に由来する酸が発生する(図1)。つまり、酸の発生率はカチオン部に、発生酸の重合活性はアニオン部の構造に大きく依存する。当社の光酸発生剤はカチオン/アニオンの組み合わせを自由にカスタマイズでき、多様な用途に最適な形で提供することが可能である(図2、図3)。光酸発生剤の酸発生率(光分解率)を向上させるには、いくつか因子があるが、一般的なアプローチとしては照射光線に対する光吸収を大きくすることである。しかしながら光吸収が大きすぎる場合には、照射光が光硬化性樹脂の表面付近で強く吸収される(光透過率が下がる)ため、内部にまで光が届かず硬化不良となるケースがある。光透過率は膜厚にも依存するため、この課題は厚膜加工であるほど顕著である。その場合、光酸発生剤には光吸収を上げずに光分解率を向上させる必要がある。このような背景のもと、当社では近年、薄膜用途向けに『VC-1』シリーズ、厚膜用途向けに『ES-1』シリーズをそれぞれ開発した。
当社の従来シリーズ製品では『CPI-100、200』<『CPI-300』<『CPI-400』の順に酸発生率(光分解率)が高くなり、『CPI-400』シリーズが最も優れる(図3)。しかしながら、『CPI-400』シリーズは可視光域に吸収を有するため材料自体が黄色を呈しており(図6)、透明性を求められる光学用途等では使用が制限される。そこで当社は、カチオン部に最適化した感光部位を導入することで、高い光分解率と可視光域での透明性を両立した『VC-1』シリーズを開発した(図4)。『VC-1』シリーズは、高圧水銀灯の主な輝線であるi線(波長365nm)に対する吸収が大きく(図5)、対して可視光域(380nm以上)の吸収は小さいため透明性に優れている(図6)。また、エポキシ樹脂を用いた光硬化性評価において、『CPI-400』シリーズ同等の硬化性を示すことから高い酸発生率を有している(図7)。『VC-1』シリーズはさまざまなアニオンとの組み合わせが可能であり、なかでも当社独自開発のアニオンと組み合わせた『VC-1FG』は光硬化後の加熱処理における着色抑制効果が優れている。一般的に酸強度が高いほど硬化速度は速くなるが、加熱時に樹脂の変性を引き起こしやすく着色が生じる原因となる。『VC-1FG』では、発生した強酸が加熱により弱酸へと変化するため、樹脂の着色を抑制できる(図8)。
先にも述べたが、光硬化性樹脂が厚膜となる場合では、内部まで硬化させるために光透過率を上げることが重要である。そのためには、光吸収を大きくすることなく酸発生率(光分解率)を向上させる必要がある。『ES-1』シリーズは、『CPI-400』シリーズのさらなる構造最適化により、同様の光吸収特性を有していながら、より高い光分解率を示す(図9)。また、酸発生率が高いことから『CPI-400』シリーズ使用時よりも添加量を低減でき、光硬化性樹脂の光透過性を向上させることができる。
冒頭でも述べたように光酸発生剤が使用される用途は多岐にわたり、今後も多様なニーズに対応した製品を開発していく。「光」は紫外線だけでなく、透過性の高い近赤外線の利用も注目されている。また近年、光酸発生剤には優れた機能だけでなく、高品質品を安定的に供給し続けていくことが求められている。特に、半導体用レジスト分野では徹底した不純物管理がなされており、最先端領域では光酸発生剤中の金属成分含有量がppbオーダーであることが求められる。今後、半導体の需要はますます拡大していき、光酸発生剤の高品質化のみならず、当社では次世代品の開発や医療・バイオ、環境など新分野への応用展開も検討中であり、より価値のある製品を提供していきたい。
参考文献
1)三洋化成ニュース No.502(2017)パフォーマンスケミカルス 127「光酸発生剤」高嶋祐作著
2)「UV・EB 硬化技術の最新開発動向」シーエムシー出版