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三洋化成ニュース No.533
2022.07.19
現在、日本で入院している14歳以下の子どもは3万人ほど。そのなかには恐怖や不安、孤独感、混乱のなかで過ごす子どもたちも数多く存在します。幼少期から思春期までの子どもの病院での経験を、トラウマとせず乗り越えていくには、周りの大人のサポートが不可欠です。
病院生活における子どもやその家族の精神的負担を軽減するチャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)という専門職があります。この資格を取得するにはアメリカで学ぶ必要があり、日本には、その有資格取得者はまだ50人程度です。
今回は、CLS協会会長を務める大橋恵さんに、CLSの日々の業務や病院での重要性、小児医療の未来について伺いました。
-- チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)は、病院で治療が必要な子どもたちや、その家族をサポートする仕事ですよね。業務としてはどのようなことをなさっていますか。
日によって異なります。今日は手術日の近い子どもの元に行って、手術の説明をしてから一緒に遊んで時間を過ごしたり、術後に退院した外来の子どもから話を聞いたり。医師や看護師、薬剤師、管理栄養士などさまざまな専門職者と会議を開き、子どもについて相談することもあります。
-- 私には思春期の子どもがいますが、1歳半の時に一度だけ肺炎で入院したことがあります。当時本人はまだ何もわかっていなかったけれど、ある程度成長してからだったら不安に感じただろうし、説明も必要になったと思います。大体何歳ぐらいの子どもからCLSの出番になってくるのですか。
説明を行うのは、ごっこ遊びができる年齢からなので、2歳ぐらいの子どもからですね。
-- 2歳児に初めての手術について説明する時はどんな工夫をされていますか。
2歳だと、「手術」という言葉の意味すらわかりません。一番ストレスに感じるのは、少しの間であっても、保護者と離れることです。多くの場合、保護者が一緒に手術室の前まで行って「いってらっしゃい」と送り出します。子どもには、事前に「ここを治してもらうよ」「痛かったところをよくしてもらうよ」と簡単に手術について話します。最後には必ず「帰ってきたらママとパパが近くにいるよ」「大丈夫だよ」と不安を和らげられるような言葉をかけるようにしています。
-- 医療行為についての説明の仕方は、年齢によっても変わってくると思います。小さい子どもに対しては、どのように。
話だけだとイメージが浮かびにくいので、人形やMRI(磁気共鳴断層撮影)を模した木製のおもちゃ、絵本などを使い、できる限りわかりやすく医療行為について説明します。
幼稚園に入るか入らないかぐらいの子どもが、例えば中心静脈カテーテルという点滴用の管を胸部に入れる手術を受けるという場合には、手術で付けるのと同じ管が付いた人形を活用して、どういうものを付けるのか、どうしてそれを付けることになったのか話します。「この管を付けると、点滴のようなものがお胸にくっついたようになるから、手が自由に動かせるようになって、たくさん遊べるよ」というように効果も伝えています。たまたま同じものを付けている年長児が同じ病室にいて「ジャジャーン」と実際にカテーテルを見せて「便利だよ」と実体験を話してくれたこともあります。
-- 同じ境遇の先輩がいるのは心強いですね。常時、何人みていらっしゃるのですか。
現在は、入院している子どもたち、10人ぐらいと関わっています。
-- 会話で、大事にされていることは何ですか。
子どもが提案してくることや、やりたいと思うことを大切にしています。話し方は年齢だけで推し量ることはできません。個性や発達度合いを見ながら接し方を変えています。
具体的には、遊びでその子がどんなことを言葉や身ぶり手ぶりで表現するのかを観察します。また、保護者からこれまでの医療体験や、ストレスがかかった時の反応を伺って、どのように話していったらうまく伝わるか、ほかの医療者も交えながら、みんなで一緒に決めていきます。
-- 保護者との連携も大事になってくると思います。
子どもを主に支える保護者が子どもの状況をきちんと受け止めて支えられなければ、子どもの精神状態が不安定になってしまうので、保護者のケアも行います。また、きょうだい児への支援も行っています。子どもの入院ともなると保護者は頻繁に来院する必要があります。保護者が自宅で待機しているきょうだい児のことを心配されている場合には病院に連れて来ていただいて、一緒に遊ぶこともあります。
-- 子どもだけでなく、家族も含めてサポートする時に、大変なのはどんなことですか。
親子で考えていることがうまく合わず、どう関わるべきなのか悩むこともあります。「子どもを守ること=子どもに何も伝えないこと」と考える方もいらっしゃいますが、「守る」にも多様な方法があるのだと知ってもらえるといいなと思います。子どもたちにとっては、自分の病状を知らないことで逆に不安に感じることもあります。突然注射などをされるのは、とても怖いことです。場合によっては周囲に不信感を抱くようになるなどの心の傷として、長く残っていくものになってしまうかもしれません。治療している一定期間のことだけではなく、長いスパンで見て、その子にとって一番ストレスがかからない方法を考えることが大切なんです。でも、当事者になると、なかなかそんなことまで考えられなくなってしまいがちです。
保護者としてちゃんと子どもを支えられているかと不安になった際には、病院スタッフに話しかけていただければと思います。忙しそうにしていたとしても、多くの医療者はできる限りサポートしたいと思っていますので、力になってくれます。
-- CLSはアメリカ発祥だと伺いました。日本ではなじみのない職業ですが、アメリカではどの病院でも必ずCLSが勤務しているのですか。
大きな病院だと、CLSが活動している確率が高いですね。アメリカでこの資格が誕生して80年ほどが経ちます。そもそも小児医療における精神的なケアが始まったのは1920年代のことです。初めの頃は「プレイレディ」と呼ばれ、恐らく保育士のように子どもと一緒に遊ぶことから始まって、現在に至るまでにさまざまな支援を包含した職種になっていったのだと思います。
-- 大橋さんは、どういった経緯でCLSになられたのですか。
小児科の看護師として病院で働いていた時に、クリニカル・ナース・スペシャリストという資格の認定を受けたアメリカ人看護師の講演を聞く機会がありました。初めてCLSについて知ったのはその時です。私も医療を受ける子どもの精神的負担を軽減し、成長を見守りたいと思ったんです。
そもそも看護師になったきっかけは、私自身も幼い頃に医療機関を受診していた経験があったからです。二分脊椎という先天性の病気で生まれてすぐに手術を受けました。ぜんそくもあって、小さい頃から通院していました。現在でも導尿や浣腸の処置が必要です。幼少期から導尿カテーテルを入れるバッグを持ち歩かなくてはいけなくて、子どもながらに「中に何が入っているの」と聞かれたらどう答えたらいいかなと病気について考え、少し嫌だなと思っていました。小学1年生から5年生までテキサスで過ごし、その間に膀胱尿管逆流症を防止する手術を受けました。術後、目が覚めると家族ではない誰かがそばにいてくれた記憶があります。その方がCLSだったのかはわかりませんが、通院や手術を経験するなかで、お世話になった看護師の方や、看護師だった母から、病気を持ちながら生活していくということを教えてもらいました。
-- 今は看護師ではなく、CLSを専門にお仕事されていますよね。看護師の方も働いている職場でCLSが子どもに接することの意味は。
アメリカの大学でCLSについて学んでいた時に、これは看護師をしながら並行して就くのは難しい仕事だと感じました。看護師は治療の処置に携わる仕事です。急を要することも多く、時間に制限があります。CLSは直接的な処置というよりは、子どもの気持ちに寄り添う仕事。子どもは弱音を吐いてもいいし、「本当は嫌なんだよ」と本心を吐き出してもいい。怒りたい気持ちを表現しても「そんなこと言わないで」と制することなく受け止め、子どもの本心を聞くことで、ストレスを緩和することが役割です。
看護師の頃は自分に何ができるかを常に模索していて、もちろん「患者さんのために」という気持ちはありましたが、今考えてみると自分目線での提案をしてしまっていた場面も多かったと思います。実際にCLSとして、あくまでも子どもの気持ちを聞いていくことに徹することで、子ども目線で本当に必要なものが見えてくるようになりました。
-- では、例えば「点滴が嫌だ」と言われたら、大橋さんはどう返答されますか。
子どもによってどんなことが嫌なのかは違います。まず、本人が病気や治療についてどう思っているのか深く聞きます。話してくれたことを看護師と共有して点滴の固定方法を少し変えてみるなど負担を軽くする工夫をしていきます。子どもと治療の仕方について「作戦会議」を開いて相談することもありますね。
-- 点滴を刺されている皮膚がだんだん硬くなっていくのを痛がったり、ガラガラと点滴を引きながら移動するのを面倒臭がったり、嫌と言っても一様ではないのですね。
-- 医療現場で気持ちに寄り添って助けてくれるCLSの存在は、ありがたいと思います。現在、有資格者は日本全国に何人おられますか。
50人ほどです。有資格者はもともと医療経験者ではない方のほうが多いと思います。現場での医療経験がなくても目指すことができます。
-- この資格を取得するためには、どのぐらいの期間アメリカに留学する必要があるのですか。
現地での授業が受けられるだけの語学力を有したうえで2年間です。
-- 心理学の専門用語も理解できるほどの語学力がなくてはならないというのはなかなか大変ですよね。医学に関わることも学ぶのですか。
そうですね。検査結果を理解できなくてはならないので、一般的な子どもの病気については一通り学んでいきます。また、病院でのインターンシップで、さまざまな病気を持つ子どもたちと関わる機会があり、言動をじっくりと観察する力を培っていきます。
-- アメリカに留学する必要があるのはハードルが高い印象を受けます。CLSの仕事に関わる知識を、日本で学ぶことはできないのでしょうか。
まだ、学ぶことはできません。日本でCLSを養成すること、そして、国家資格にすることの必要性を感じています。日本の医療現場でもCLSの導入を目指して準備を進めていますが、現実的にはいくつか課題があります。まだ日本の国家資格になっていないCLSが関わることで、医療機関に対して診療報酬の点数が付与されることはありません。そのため、有資格者を受け入れてくれる医療機関がどのぐらいあるのかも未知数で、養成する大学側も学生の進路に不安を抱いてしまいます。
-- これからの日本の小児医療環境について希望はありますか。
アメリカでは、患者満足度の高さがすごく重要視されています。受けられるケアの充実度が認められると、その病院に行きたいという方が増えます。小児患者15人に対し1人のCLSが必要と言われています。そういった意味ではCLSが医療に含まれているんですね。一方で日本の医療現場には全く足りていません。小児病棟のある病院に1人ないし2人入っていけるといいなと思います。日本では、仮に病院にCLSがいないとしても、子どもの気持ちを考えるということを担う人はいてほしいと思います。
また、日本の病院でもっといろんなイベントが開かれることが一般的になればいいと思います。そうした予算はほとんど組まれませんし、イベントに際してボランティアや病院の外部の方を入れることへの抵抗も強いと思います。アメリカでの研修中に、病院でたくさんのイベントが行われているのを目の当たりにしました。そのほかにも、例えば院内ラジオ局を持っている病院があって、入院中の子どもがDJをやってみたり、話すのが苦手な子どもは好きな音楽をリクエストしたりと、それぞれに楽しめる環境を整えていました。子どもたちが主体的に参加できる場があることは大切だと思います。
-- 思い描いていらっしゃる環境が整ったら、子どもにとって病院が楽しい場所になりますね。子どもに寄り添って24時間365日気の抜けないお忙しい仕事だと思います。どういった時にやりがいを感じますか。
家族から「大橋さんにみてもらえて良かった」と言ってもらえた時や、関わっている子どもが何かを達成して「やったー! 乗り越えた」と表現してくれた時にはすごくうれしいです。
-- 医療環境において、子どもたちは日々成長し、大橋さんはその過程を家族とともに間近で見守って、子どもの個性や自尊心を育み、そのこころを守るお手伝いをしていらっしゃるんですね。CLSは医療を受ける子どものために素晴らしい環境をつくっておられるのだと感じました。有意義なお話をありがとうございました。
と き:2022年4月5日
と こ ろ:千葉県こども病院(リモートインタビュー)