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三洋化成ニュース No.534
2022.09.21
今回は神奈川県を走る江ノ島電鉄、通称「江ノ電」をご紹介します。日本にはたくさんのローカル鉄道がありますが、この江ノ電ほど知名度の高い路線はほとんどありません。関東以外に住んでいる人でも、それこそ鉄道に全く興味のない人でも「江ノ電」と聞けばほとんどの人がピンとくるのではないでしょうか? 全長たった10キロメートルしかない小さなローカル私鉄が、なぜこれほど多くの人を引き付けるのでしょう?
藤沢駅と鎌倉駅を結ぶ江ノ電の全長は10キロメートル。その短い区間に15の駅があり、30分以上かけてのんびりと走ります。急カーブが多い線形から車両のサイズが通常の鉄道車両より小さいことと、車と同じ道路を走る区間があることから路面電車だと思われがちですが、れっきとした鉄道路線です。ただ路面電車だと思われるのもまんざら間違いではなく、もともと江ノ電は軌道線(路面電車)として開業し1945年に鉄道に格上げされた歴史があり、鉄道としては日本一急な半径28メートルのカーブが残されていたり、車道と電車が一緒に走る併用軌道が残されているのもその名残です。路面電車ではなく、通常のサイズの電車が併用軌道を走るのはとても珍しく、現在ではここ江ノ電と熊本電鉄の2カ所に残るのみの貴重な存在になっています。
江ノ電に残されている「併用軌道区間」は3カ所。そのなかで一番の見どころは江ノ島駅から腰越駅にかけての区間です。ここでは両側に商店街が連なる片側一車線の道路の真ん中に、江ノ電の線路が敷かれています。
毎年7月の「小動神社天王祭」、9月の「龍口法難会」の開催時には、道路を祭事に開放するために併用軌道区間の車道が通行止めになるのですが、なんと江ノ電は通常運行。威勢のよい掛け声とともにみこしを担ぐ祭人のすぐ脇を、江ノ電がさっそうと通過していきます。他の鉄道では絶対にあり得ない、スリリングな光景が見られます。
人々の暮らしのど真ん中を、民家をすり抜けたり、車をどかしたりしながら堂々と走る電車。ここでしか見ることのできない旅情あふれる風景です。「路面電車以上、鉄道未満」とも言える独特なスタイルが、江ノ電の大きな魅力なのです。
江ノ電で活躍している電車は路面電車よりは大きいですが、通常の鉄道車両に比べると一回り小さく、とってもキュート。特に1960年から走り続けている305形電車は、昔懐かしい板張りの床が健在。昔の江ノ電の雰囲気を残すデザインも人気で、江ノ電のマスコット的な存在になっています。鉄道ファン的な視点では、急カーブに対応するために車両と車両のつなぎ目に台車が配置されている「連接車」なのも萌え要素です(笑)。
併用軌道を抜けて腰越駅を過ぎると、線路の両側に立ち並ぶ民家をかすめるように急カーブが連続します。下の写真は線路脇のお庭に入れていただいて、魚眼レンズで撮影したもの。塀スレスレの位置をかすめるように急カーブを駆け抜ける江ノ電は、迫力満点。この近さが、人と電車の信頼関係を築いているのでしょう。
腰越から民家の軒先をかすめるように進み、大きく左にカーブすると、突然車窓いっぱいに湘南の海が広がり、思わず息をのみます。美しい海とそこに浮かぶ江の島を望む湘南の風景こそ、江ノ電人気の最大の理由の一つなのです。運が良ければ富士山も望める海岸にはサーフィンやセーリングを楽しむ人たちも多く、ここだけゆったりとした時間が流れているように感じます。そしてそこで暮らしている地元の人たちが実にカッコいい! 自転車の脇にさりげなくボードを載せていたり、愛犬と夕日を眺めていたり、まさに湘南スタイルをさらっとこなしているところに憧れてしまいます。
と、いうわけで…テレビ番組のロケでサーフィンに挑戦しながら江ノ電を撮影したのが下の作品。実を言うとカナヅチな僕。着慣れないドライスーツになんとか体を押し込み、押し寄せる波にパニックになりながら、(自分の中では)荒れ狂う波間に江ノ電が見えた瞬間を激写したつもりでしたが、写真を見た自分がビックリするほど海は凪いでいました(笑)。でもサーファー越しに見る江ノ電の姿こそ、まさに湘南を代表する風景だと思いません? やっぱり江ノ電は、湘南の風景になくてはならない存在なのです。
その生い立ちに由来した独特なスタイルの電車と、地元住民との深い絆が生み出すぬくもりの風景。そして何より湘南の海と江ノ電の可愛い電車が織りなす、唯一無二の風景。江ノ電の線路には、湘南の魅力がギューッと凝縮されていました。
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〈なかい せいや〉1967年東京生まれ。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わる全てのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影する。広告、雑誌写真の撮影のほか、講演やテレビ出演など幅広く活動している。著書・写真集に『1日1鉄!』『デジタル一眼レフカメラと写真の教科書』など多数。株式会社フォート・ナカイ代表。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員、日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。