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[vol.6] 美しい渓谷とブナの森 十和田・奥入瀬のきのこの森

三洋化成ニュース No.513

[vol.6] 美しい渓谷とブナの森 十和田・奥入瀬のきのこの森

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2019.03.05

隠花植物天国

落葉を分解する小さなきのこもブナの森を支える

国立公園の特別保護地区にしをつくっている。超が付くほど有や、周囲のブナ林が、見事な景観な種類の樹木が見られる河畔林美しい渓流と相まって、さまざまよる洪水でつくられた深い谷だ。は、はるか昔、十和田湖の決壊にでもある、青森県の奥入瀬渓流て、国指定天然記念物、特別名勝名な観光地ゆえ、のんびり散策するにはあまりにも人が多すぎるし、おまけに、阿寒湖周辺のようにあちこち好き勝手に歩き回ることができないが、ぼくはこの辺りが大好きで、もう20年近く、春と初夏と秋に必ず訪れている。

八甲田山の麓にある酸ヶ湯温泉から、蔦温泉を経て、奥入瀬渓流に沿って十和田湖へと至る、国道103号、102号は、道が細くてカーブもややきついが、最高のドライブコースだ。何回走ってもわくわくする。

最近では、屋久島や北八ヶ岳とともに「コケの三大聖地」としても注目を集めており、コケ観察を目当てにこの地を訪れる人も増えているという。もちろん、我らがきのこをはじめとして、粘菌(変形菌)やシダなどの隠花植物をたくさん見ることができる。

 

待ちに待った春

アカチシオタケ

傷つけると「血潮」がにじむアカチシオタケ

北国の春は、爆発的だ。北国の生物は、ツキノワグマも、植物も、進化によって得たそれぞれの方法で、長い長い冬を耐え忍び、そのつらさや厳しさを自らの内側にエネルギーとしてぎゅっとためこみ、再び巡ってきた春に、その全てを命の輝きとして放出しているに違いない。

里で桜の蕾が大きくなる頃、雪によって覆い隠されていた山や森の地面が、徐々に姿を現し始める。雪の保冷作用のためか、前秋に落ちた大量の葉は、あまり形崩れすることなくそのまま敷き詰められている。その茶色い大地が、あれよあれよという間に緑の葉に覆われ、カタクリや、キクザキイチゲや、ニリンソウなど、ピンク、紫、青、白といった色とりどりの花が、互いに誘爆するように一気に咲き始める。渓流の脇の湿地帯に目を向ければ、ミズバショウやザゼンソウも花を咲かせる。

しかし、百花繚乱の草花が咲き競っていても、我々きのこファンは、早春に発生するきのこをついつい追い求めてしまう。例えば、アネモネタマチャワンタケは、キクザキイチゲなど、イチリンソウの仲間の周辺で発生する。また、食用として知られるヒラタケやキクラゲも、まず春に発生する(奥入瀬渓流周辺は採取不可)。きのこ探しは季節を問わない。

気温がぐんぐん上がって雪が解け、モノトーンだった世界に、草花など自然の「命」がさまざまな色となって戻ってくる……。

春を迎えた時の感動や快感は、北国に住んでいないとなかなか実感できないかもしれない

新緑の季節

地上で草花が競うように花を咲かせ、その美しさに心を奪われている間にも、木々の葉は確実に生い茂り、森は徐々に鬱蒼としていく。人間の目は、構造的に、太陽から降り注ぐ七色の光のうち、緑色の光を一番敏感に感じ取ることができるというが、新緑期のブナの森の緑は感動的だ。美しいと形容するだけではもどかしい。木々の命の営みが、視覚化されて、目の前できらめいているのだ。この世の奇跡といっても過言ではないだろう。

 

新緑のブナの森を満喫したいなら、奥入瀬渓流の北側に位置する蔦温泉周辺もおすすめだ。蔦温泉は日本百名湯に選ばれており、ブナ材を敷き詰めた湯船の底から「玉」になって湧き上がる温泉がたまらない。

 

蔦温泉の周囲には蔦沼を中心にした七つの沼を巡る遊歩道が整備されていて、気軽にブナの原生林を散策することができる。時折出会う、感動するほど太いブナの木に会いたくて、何度もここを訪ねてしまう。ブナの森はきのこの森というにふさわしい。ブナの立木、倒木、落枝、実、朽ちた葉、そして地面からも、いろいろな種類のきのこが発生する。

 

ぜひ、立ち止まって、しゃがんで、地面や倒木を探してみてほしい。それまで気が付かなかった小さなきのこたちがきっと見つかるはずだ。また、夏に、ブナの葉を食い荒らすブナアオシャチホコというガの幼虫が、8〜10年周期くらいで大発生することがあるが、大発生の翌年には、ガの幼虫や蛹に寄生する、いわゆる冬虫夏草のサナギタケが多く発生する。

タヌキノチャブクロ

渓流沿いの倒木から大発生したタヌキノチャブクロ

物見遊山を超えて

ナメコ

ナメコは秋のブナの森を彩る優秀な食菌だ

奥入瀬渓流に、一年で最も多くの人々が集うのが秋だ。渓流と紅葉の組み合わせは、古来より人々を引き付けてやまない。そして、秋の奥入瀬は、きのこファンにとっても、特別な場所である。おいしいきのこもたくさん発生するが、そこは、国立公園特別保護地区。ぜひ、見ること、撮ることだけに徹してほしい。

 

さらには、じっくりと腰を据えて、観察・鑑賞してほしいと思う。近年、奥入瀬渓流周辺では、物見遊山的な観光を超えて、エコツーリズムを積極的に推進しようとしている。素晴らしい試みだ。例えば、知識も経験も豊富なネイチャーガイドと一緒に渓谷や森を歩いたら、新しい発見が胞子の数ほどあるだろう。そして、それは必ず、自分の財産になるはずだ。

新井 文彦〈あらい ふみひこ〉

1965年群馬県生まれ。きのこ写真家。北海道の阿寒湖周辺、東北地方の白神山地や八甲田山の周辺などで、きのこや粘菌(変形菌)など、いわゆる隠花植物の撮影をしている。著書に『きのこの話』『きのこのき』『粘菌生活のススメ』『森のきのこ、きのこの森』『もりの ほうせき ねんきん』など。書籍、雑誌、WEBなどにも写真提供多数。

きのこには、食べると中毒事故を引き起こすものもあります。実際に食べられるかどうか判断する場合には、必ず専門家にご相談ください。

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