MENU
三洋化成ニュース No.537
2023.03.16
視聴率改ざん事件が勃発し、それが社会問題になっていた2003年頃、立川志の輔師匠の落語会の枕に、なんと筆者が登場したことがあります。
そのくだりは「『視聴率なんてもんは、数千万世帯のうちのたった千世帯ぐらいしか調査していないんだから、あんまり当てになりませんよね。こんな数字に一喜一憂することはないんじゃないですか』ってなことを、テレビ局の楽屋で仲間たちと話してたら、突然、秋山仁が現れた。そして、こう言うんですよ。『そんなことはない。視聴率ってどういうものかってことを簡単に言うと、ホテルのコックさんがスープを味見する時、大鍋の中のスープを全部飲んで苦いとか薄いとか、調べるわけじゃないでしょう? コックさんは大鍋の中のスープをかき混ぜた後、スプーンたった一杯を試飲するだけで、全体の味を十分チェックできるでしょ。いくら心配性なコックさんだって、大鍋一杯飲み干して味見しているなんて聞いたことないよね。だって、全部飲んじゃったら客に出すスープがなくなっちゃうじゃない。これと視聴率の原理は同じなんだ』とさ」。
すると、聴衆は視聴率が大変信頼性の高いものだと合点したようで、客席がどっと沸きました。
デジタル社会になって、とみに脚光を浴びているデータ・サイエンスの基礎となる統計学の神髄を、前述の例えは言い得ているでしょう。この方法に、少しヒネリを加えると、次のような面白い調査も可能になります。
どの人にも、他人にはあまり知られたくないことがあります。人によっては支持政党とか、年収や資産、既婚か未婚かなど、あまり大っぴらにしたくないことの例は枚挙にいとまがありません。
例えば、テレビスタジオにいる50人のゲストのなかのどのくらいの人たちが保守、または革新政党を支持しているかを挙手によって調査したいとしましょう。司会者が「保守政党を支持する人は手を挙げてください」とそのまま質問したのでは視聴者にバレバレです。このような時、同じ質問でも確率を用いて、プライバシーを守りながら大ざっぱな動向を把握できる便利な方法があります。それを紹介しましょう。
司会者は一人ずつに10円玉1枚を配ります。そして、各人に手のひらの中で10円玉を振ってもらい、次のルールに従って挙手するか否かを決めてもらいます。
【ルール】
(1)10円玉を振って表面(平等院の絵のある面)が出た人は、無条件に挙手する。
(2)裏面(10と書いてある面)が出た人は、保守支持なら挙手し、革新支持なら挙手しない。
この方法に基づいて調査した時、挙手した人が例えば40人だったとしましょう。すると、おおむね60%の人が保守政党支持ということになります。その理由は、10円玉を振って裏面が出る確率は2分の1だから、50人中の25人が表面を出し、25人が裏面を出すことになります。挙手した40人の内訳を考えると、25人は表面が出たので自動的に手を挙げた人です。
一方、挙手した残りの15(40マイナス25)人は、裏面が出たにもかかわらず挙手した人たちです。すなわち、25人中の15人が保守支持ということになります。よって、保守支持率は、およそ25分の15で0.6になるので60%と推定できるというわけです。
50人がコインを振って裏面が出るのは確率的には2分の1ですが、実際には多少のバラツキが考えられるので、この結果はあくまで概算であり正確ではありませんが、プライバシーを守り、かつ簡単に大まかな動向を調査できるのでとても便利です。
このアイデアを基に、個人情報が他人に知られないように配慮した電子投票システムが現在、活発に研究されています。
1946年 東京生まれ。数学者/理学博士。東京理科大学応用数学科卒業(1969年)、上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東海大学開発研究所所長、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員、NHKラジオ・テレビ講座講師などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学アカデミー会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、コロンブス騎士勲章受章(2021年)。現在は東京理科大学の栄誉教授を務め、離散数学の研究と世界各地で数学啓発活動に尽力している。