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経営の目的は顧客に価値を提供し、長期利益を生み出すこと

三洋化成ニュース No.537

経営の目的は顧客に価値を提供し、長期利益を生み出すこと

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2023.03.16


経営学者
楠木 建〈くすのき けん〉

Ken Kusunoki
1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学大学院経営管理研究科教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授などを経て、2010年から一橋ビジネススクール教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『絶対悲観主義』などがある。
写真=本間伸彦

 

コロナ禍による経済の停滞、ウクライナ情勢の影響による物価の高騰など、企業経営にとっては厳しい時代。これから企業はどのような方向にかじを切り、働く従業員はどのようなことを意識すればいいのでしょうか。たくさんの事例を基に長く企業の競争戦略を研究してこられた経営学者の楠木建さんに伺いました。

客観的な視点から競争戦略の理論を導き出す

-- 楠木さんのご専門の、経営学とはどのような学問でしょうか。

経営に関わることは、全て経営学に含まれます。私の専門はそのなかの競争戦略という分野です。世の中ではたくさんの企業が競争をしていますが、そのなかで儲かる企業と儲からない企業に分かれるのはなぜか、それを説明する理論を考えるのが私の仕事です。

-- 経営者にとって非常に価値があるご研究だと思いますし、一般の消費者としても気になるところです。

競争戦略のポイントは、ビジネスに法則はないということです。例えば自然科学には法則があり、相対性理論における有名な式E=mc2はどんな時に誰が観察しても変わらない真理ですよね。でも、経営は人によるので「こうやったら必ずうまくいく」という法則はありません。僕が目指しているのは、実際の経営のなかで、経営者がさまざまな決断をする時に「こう考えてみたらいいのでは」「優れた競争戦略とは、こういうものでは」と、そのロジックを提供することです。

経営者は毎日が真剣勝負で忙しいですから、企業が儲かる理論をゆっくり考えている時間はないと思います。僕は自分でビジネスをしたことはないのですが、岡目八目という言葉もあるとおり、客観的に見るからこそわかることもあります。

-- どのような方々が楠木さんから競争戦略を学んでいるのでしょうか。

一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻の学生は90%が外国人です。20〜30代を中心に、実務経験3年以上の応募条件を満たし、日本での仕事に関心を持つ学生が、20カ国以上から集まっています。

-- 海外の方は、日本のビジネスのどんなところに関心を持っているのでしょうか。

もともと日本の文化が好きだという人もいますし、日本にビジネスチャンスがあると感じている人もたくさんいますよ。日本人には、日本は経済成長が止まっていると思っている人が多いですが、成長は、国や地域の経済的な調子を示す物差しのうちの一つでしかありません。ほかの要素、例えば公平性で見ると、日本は先進国のなかでも富の配分が最も公平な国です。成長が著しくても格差の大きな国は、殺人事件や就役している人の割合が多く、社会問題も多発する傾向にあります。

-- 成長以外にも評価の指標があるのですね。

はい。成長率としてよく話題になるGDPは、もともとアメリカで開発されたもので、1年間に作られた物やサービスの総量を示すものです。蓄積されたストック(富)は、また全く別の概念です。一人当たりや家庭当たりのストックで見ると、日本はアメリカよりもはるかに大きいですよ。また、日本は「食事がおいしい」「清潔」「秩序がある」「時間や約束を守る」といった良いイメージも強いです。人間には遠近歪曲という認知バイアスがあり、近いものほどあらが目立って、遠いものほど良く見えますから、日本にいる私たちは日本の良い点に気付きにくいのかもしれませんね。

-- 競争戦略をテーマに選んだのは、なぜですか。

特に使命感があったわけではなく、まあ、成り行きです(笑)。チームで動くのが苦手なので、組織に所属するのではなく、自分で時間や資源の配分を決めて、一人で直接お客様の前に出ていく仕事がしたいなという思いはありました。また、昔から考え事が好きで、いろいろな本を読んでいくなかで、物事の理論を説明することが面白いと感じるようになりました。競争戦略というテーマを決めたのは30代半ばでしたから、随分遅かったと思います。

 

道徳にかなう商売が最も長期的に儲かる

-- 最近では経済が世界的に落ち込んでいますが、企業間の競争は激しくなっているのでしょうか。

それは誤解です。ビジネスの競争は、スポーツでいうようなレースとは違うんですよ。レースでは、金メダルが一人決まって、その次に2位、3位と一次元上に優劣が並び、誰が誰に勝ったか負けたか、誰が誰より優れているか、常にはっきりしています。このような場合は相手を負かすことが目的になります。

しかし、ビジネスの場合はそうではありません。競争戦略の本質は、競争相手との違いをつくること。例えばファッションの業界で、シンプルで万人受けする服を売るA社と、ファストファッションを手がけるB社は、どちらも勝者になり得るんです。A社の売り上げが増えることは、B社の売り上げが減ることを意味していません。同じ業界でも違いをつくり、違うポジションを取っていますから、A社もB社もお互いを打ち負かさなくていいんです。顧客からすれば、ファッションの選択肢が増えてうれしいですしね。商売の競争って平和でしょう。

-- 戦わないための戦略という感じがしますね。

そうです。ビジネスの目的は、お客様の支持を得て、お客様に認められる価値を提供すること。平たく言えば、お客様が「この会社がなくなったら困るな」という状態をつくることです。それが企業の存在理由です。

-- 経営者が意識すべきことは何でしょうか。

儲けることです。それも一時的ではなく、どうしたら長く儲かるかと、真剣に考えることです。僕は企業の成果は、資産でも売り上げでもなく、長期利益に表れると考えています。長期利益は、企業が独自の価値をつくっているかどうかがわかる、最も正確な指標です。長期利益が出れば、従業員に分配して雇用を新たに生み出し、納税して社会貢献ができる。長期にわたって事業を守っていくためには人材育成も必要ですし、地球環境も守らなければならないのでSDGsにも注力する。自然とESGを満たそうと努力することになるんです。

日本資本主義の父といわれる渋沢栄一は『論語と算盤』で、道徳にかなっている商売が、最も長期的に儲かると言っています。本当に儲けたいと思う経営者は必然的に算盤だけじゃなくて、論語と算盤になるというのが渋沢さんの考えです。長期利益を真剣に追求すれば、企業が社会的な存在である以上、必然的にESG条件を満足させるという僕の考え方と同じですね。

-- 短期利益ではダメなのですね。

そのとおりです。従業員から搾取したり、お客様をだましたり、環境を破壊したりして一時的に儲けることはできますが、それは長く続きません。法律や株主やお客様が許しませんから。それが株式会社制度の良いところです。

例えば決算が四半期単位や1年単位であるように、短期のほうが予測しやすいですから、社会の指標や仕組みは人間の関心をどんどん短期へ短期へと持っていくものなんです。だからこそ、長期的な視野を常に持っておくことが、リーダーシップの本質であり、経営者の役割だと思います。経営の全ては、経営者の時間軸の取り方に帰結すると考えています。

-- 事業環境が厳しいなかでは、どの企業も生き残りを目指すように思っていました。

企業は、存続を目的とするのではなく、価値の創出を目的としなければならないと思います。率直に言えば、儲からない会社は無理に存続させる必要はないですね。「〜せざるを得ない」と言う経営者もよくいますが、これもおかしな話です。経営は自由意志で、誰も経営者に経営判断を強制することはありません。

経営の原理原則、目的をシンプルに追求することが大事です。企業には、儲かる商売をどんどんつくっていただいて、法人税をたくさん納めて、社会のために使えるお金を生み出してほしいと思っています。

執務中の楠木さん

 

時代に応じて、働き方は変化する

-- ジョブ型雇用が日本でも評価され始めています。企業が職務内容に応じて必要な人材を採用することで、より専門的なスキルが従業員に求められると思いますが、この方式は日本に定着するのでしょうか。

僕は、雇用形態はジョブ型以外にあり得ないと思っています。日本ではこれまで、新卒で会社に就職して、定年まで勤め上げ、年齢とともに給与が上がっていくというメンバーシップ型雇用が多かったと思います。事実上、定年までの終身雇用ですね。

そもそも日本がなぜ、このような雇用形態を始めたかというと、20世紀初めにアメリカで勃興したデトロイトの自動車産業に学んだのです。会社は長期雇用で従業員のロイヤルティーを獲得して、会社を大きな一つの家族のようにまとめ上げ、従業員が長期にわたって技術や技能を蓄積して、大企業が育ち、大きな産業になりました。一方で、日本は財閥の支配で金融資本主義的な面があり、労働の流動性が非常に高かったんです。金払いのいい仕事があれば、すぐ転職してしまう。これではものづくり大国になれない、というわけですね。

-- 今の日本と全く逆です。

そうなんです。戦後の復興期から高度経済成長期の日本は、雇用も生産も市場も全てがどんどん伸びていく状態。そんな異常事態が、ごく短期的に日本にはあったんです。その特殊な環境に、メンバーシップ型雇用は非常にうまく適合しました。

経営にかかる評価コストを年功序列でゼロにしたのは、特にベストな選択でした。経営のなかでも最もコストや手数がかかるのは評価です。ジョブ型雇用では、その人の成果や能力を毎年評価して、お互いに合意のうえで労働契約を成立させる必要があるからです。

-- 評価に手間をかけている場合ではなかった。

はい。年功序列と終身雇用は本来破綻する組み合わせなんです。従業員全員に雇用を保証しながら、全員の給与が上がっていくなんて、普通の状態ではあり得ません。でも、当時の異常事態では、この選択が非常に有効でした。

-- 確かにそうですね。

日本は、はるか昔に高度経済成長期が終わり、低成長期に入りました。中国が今、まさにその状態で、もう成長は終わりですね。高度経済成長は、人間でいえば青春期のようなもの。イギリス、アメリカ、ドイツ、そして日本、韓国、台湾、中国と、さまざまな国が順に高度経済成長を経験しましたが、青春期がずっと続くということはあり得ません。成長が止まるのは普通のことで、むしろ高度経済成長期が異常なんですよ。

-- 日本の経済成長期は、青春期の上り坂を、とにかくみんなで全力疾走したという感じなのですね。

そのとおりです。異常事態が終わって環境が変わったら、当然働き方も変えなければなりません。

-- 年功序列では、評価されていない人も長年会社にいるだけで、たくさんの給与をもらってしまうことになります。評価されるべき人がきちんと評価されないこともありますよね。

はい。評価制度に手数を惜しまず資源を投入するジョブ型雇用が、通常の経済環境における基本です。雇用する側と雇用される側が、お互いに損得で合理的に考える必要があるんです。企業は従業員を評価しますが、同時に従業員は企業を評価するんですよ。従業員一人ひとりが会社の評価に納得して働き、きちんと評価ができない企業には誰も働きに来ない。ジョブ型雇用は合理的な経営だと思います。

長期雇用や年功序列が日本の文化、日本的経営だと思っている人が多いんですが、実は日本でメンバーシップ型雇用が始まって、まだ百年も経っていないんですよ。今の時代にメンバーシップ型雇用を続けているのは、働く側にとって大損です。日本の昭和の高度経済成長期に生まれた思い込みが、日本人の仕事についての考えや会社への帰属意識を大きくゆがめたと思いますね。高度経済成長期を知らない若い世代とも、仕事に対する考え方が合わなくなっていきます。もっと合理的に、理論的に経営を考えることが大事です。

-- よくわかりました。ただ、ジョブ型雇用と聞くと、アメリカ映画でよくあるように、ある日突然会社をクビになってしまうというイメージがあります。

一言でジョブ型雇用、メンバーシップ型雇用といっても、経営の仕方は多様です。日本にメンバーシップ型雇用が多いといっても、本当にさまざまな会社があるでしょう。ジョブ型といっても、人材採用にもコストがかかりますから、従業員をすぐクビにするような会社は、あまりないですよ。基本的に経済活動というのは、いい意味で、損得で合理的に動くものです。

-- 楠木さんの働き方は、いかがでしょうか。

私は学者ですから、基本的に一人で仕事をしていますね。執筆や研究や講義などを通してお客様に喜んでいただくことが仕事です。会社や上司ではなく、常に市場に評価を決められる世界ですから、とてもシンプルですよ。

 

絶対悲観主義だからこそ思い切ってチャレンジできる

-- これから日本人の働き方が大きく変わっていきそうですが、働く時にどんなことを意識したらいいでしょうか。

ぜひご提案したいのが「絶対悲観主義」です。僕は「絶対にうまくやらなければ」と思うと、かえって思い切り仕事ができないんです。初めから「どうせうまくいかないだろうけど、ひとつやってみるか」という気持ちのほうが、フルスイングできますね。

ただ、絶対悲観主義は、僕と同じような気質の人にはいいのですが、いろいろな気質の人がいますから、その人に1番合った哲学を持って仕事をすればいいと思います。「夢に向かって全力疾走」とか「自分の限界に挑戦」という感じのほうが力を発揮できる人には、絶対悲観主義は向きませんので、ご注意ください(笑)。

-- 失敗するだろうと思っておくほうが、失敗を恐れずにチャレンジできるということですか。

はい。仕事は、自分以外の人の役に立って初めて仕事なんです。そこが趣味との違いです。自分以外の人をコントロールすることはできないですから、仕事とは定義からして思い通りにならないもの。それなのに、成功させなければならない、失敗できないというのは、おかしいですよね。僕は、仕事は失敗するのが普通、成功したら事件だと思っています。

また、うまくいかなかった後が、好きなんですよ。しみじみと缶コーヒーを飲みながら「うまくいかねえなあ」って口に出して言うようにしているんです。ちょっと眉間にしわを寄せて「やっぱり、そうは問屋が卸さねえか」って。これが大好きなんです(笑)。

-- 渋いですね(笑)。

失敗は本当に味わい深いものです。失敗によって謙虚になれますし、世の中を知ることもできます。失敗を味わうルーチンを深めていくと、人生が豊かになりますよ。

-- 私も自分なりの失敗の味わい方を見つけてみたいと思います(笑)。本日はありがとうございました。

ビジネスパーソンに向けた講演会にて

 

と   き:2022年10月26日

と こ ろ:西新橋・当社東京支社にて

 

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