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食の京都(2)普段のおかず「おばんざい」

三洋化成ニュース No.542

食の京都(2)普段のおかず「おばんざい」

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2024.01.19

佐藤 洋一郎

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京都で親しまれる普段使いのおかず、「おばんざい」

 

時たま京都に戻って食事をするのだが、やはりよその街とは何かが違う。大枚をはたいて食事するわけではない。もともとは常備菜であるおばんざいを出す店にも名店がある。

よその街とは何かが違う京都

 

そもそも「おばんざい」というその名前からしていかにも京都らしい。「おばんざい」の語源には諸説あるようだが、一番気に入っているのは、「ばん」は番、つまり普段使いのことで「ざい」は菜、つまりおかずのことだという説明だ。これによると、おばんざいとは普段使いのおかずのことで「ケ」の食をいう言葉、ということになる。

私がよく通う店は「一之舟入」のすぐそばにある。舟入とは鴨川に沿って掘られた、水路につくられた船着き場で、北から一、二、三と番号が振られている。北端の舟入である一之舟入は、京都式の住所表示によれば「押小路木屋町西入」ということになる。店はカウンター割烹の形だが、目の前にはその日のおばんざいが数品並んでいる。普段使いということで通年並んでいる品もあるが、季節ならではの一品が並ぶこともある。春ならばタケノコとワカメの炊いたん(炊いたもの)、夏ならば琵琶湖産のアユの甘露煮という具合である。一通りお任せのメニューが出たところで、さあ、次は目の前の「おばんざい」からお好きなものをどうぞ、という趣向である。

こちらのおばんざいは、どちらかというと上等の部類に入る。普通のおばんざいはもっと質素なものも多い。「なっぱとおあげの炊いたん」「万願寺甘とうとじゃこの炊いたん」など。多くは魚菜の組み合わせだが、なかには「タコの柔らか煮」「ナスの煮浸し」など単品のものもある。どれも簡単に作れて「作り置き」ができるもの。冷蔵庫などなかった時代の、豊かな食材には恵まれなかった京の庶民の知恵と工夫が凝集されている。

なじみの店で、京都ならではのカウンター割烹の空気感を味わう

 

カウンター割烹とは料理人が客の前で料理をして出すスタイルのことで、これを始めたのは大阪の料理屋だそうだ。それが京都に持ち込まれたのは1927年のことというから、100年の歴史である。舌の肥えた常連たちが分野を超えて知り合い、そして語り合い、情報を交換する場になった。異分野交流は、このようにして始まった。その常連客たちの舌が料理人の腕を鍛えたともいえるだろう。この際、京都の街が大きすぎないところが良かった。大体のところなら自転車で行けるし、帰りは酔っ払ってタクシーに乗ってもそれほど大した金額にはならない。そして料理人のほうはといえば「目の前の客はやや甘めの味を好むが、今日は酒を飲んできているらしいので量は抑えておこう」といったさじ加減ができる。これがカウンター割烹の強みである。

だから、本当に京の料理を楽しもうと思ったら、やはりなじみの店をつくるのが一番だ。この際「星」の有無は「足の裏に付いた米粒」みたいなもの。その心は「取らなければ気になるかもしれないが、取ったからどうというものでもない」。よく、京都の店は敷居が高いといわれる。「一見いちげんさんお断わり、なんて言われそう」。そういう声も聞こえてくる。でもそれは何も意地悪で言っているのではない。「初めてお越しになるあなた様の好みや体調がわからないので、十分なもてなしができません」。だから初めてのお客はお断りする、というのが料理屋の気質なのである。

こうした、いわば双方向の情報のやり取りは、野菜農家と料理屋の間にもある。案外、そのあたりの濃密な人間関係が、京の食文化を支えているのかもしれないと思ったりもするのである。

 

佐藤 洋一郎〈さとう よういちろう〉

1952年、和歌山県生まれ。1979年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。国立遺伝学研究所研究員、静岡大学農学部助教授、総合地球環境学研究所副所長、大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事などを経て、京都府立大学文学部和食文化学科特別専任教授、京都和食文化研究センター副センター長、ふじのくに地球環境史ミュージアム館長。農学博士。著書に『京都の食文化』『知っておきたい和食の文化』『食べるとはどういうことか』『米の日本史』など。

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