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三洋化成ニュース No.543
2024.04.11
デジタル嗅覚事業創造部 ソリューション開発グループ
グループリーダー 石田 智信
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同 マーケティンググループ
(1)匂いとは何か?
私たちは日常のなかで匂いを感じながら生活している。匂いの正体は、嗅細胞を刺激する作用を持つ種々の匂い物質であり、その数は約40万種類にも及ぶといわれる。多くの場合、匂いはこれらさまざまな匂い物質が複雑に混ざった混合物であり、私たちが「違う匂いだ」と感じる現象は、吸い込んだ気体に含まれる匂い物質の種類や濃度の違いによって引き起こされる(図1)。
(2)嗅覚の仕組み
鼻の奥には、匂い物質によって刺激される嗅細胞と呼ばれる細胞が存在する。嗅細胞の表面には、嗅覚受容体(人間の場合は約400 種類1))と呼ばれるタンパク質がある。この嗅覚受容体に匂い物質が結合することで嗅細胞が刺激され、これが電気信号として脳に伝わる。
それぞれの嗅覚受容体の立体構造は互いに違うため、この違いによって、匂い物質に対する結合度合(親和性)が受容体ごとに変わり、嗅細胞はそれぞれ異なる刺激を受ける。
脳は嗅細胞から送られた刺激を図2 に示すようなパターンとして処理することで、匂いの違いを捉えている。このように、嗅覚受容体・嗅細胞・脳が連携してはたらくことによって、私たちは匂いの有無や匂いの違いなどを認識している。
(3)匂いセンサーが提供する機能
私たちの嗅覚は大変高度に発達していて、例えば、おいしそう、心地良いといった情緒的価値を感じたり、食べ物の腐敗や有毒ガスなどの危険から身を守ったりすることができる。
当社が開発を進めている匂いセンサー※『FlavoToneⓇ』は、私たちの嗅覚と同様、匂いの違いをセンシングするデバイスである。嗅覚の機能をデバイス化することで、匂いをデジタルデータとして記録したり、匂いの感じ方の個人差を取り除いたり、匂いを24 時間365 日モニタリングしたりすることが可能となり、私たち人間には困難であった新たな価値を提供できる。
※「匂いセンサー」と題された技術・製品の提供機能に関する定義には揺れがあるため、混同しないよう注意する必要がある。本稿における「匂いセンサー」という用語は、匂いの違いをセンシングする技術、製品を指す。
(1)匂いの検出原理
『FlavoToneⓇ』では嗅覚受容体に相当する「匂い応答材料」に、当社独自設計に基づいた樹脂材料、添加剤、導電材料を用いている。この応答材料は、匂い物質の吸着によって電気抵抗が増加する特性を持つ。この特性を利用すると、嗅細胞に相当する「プローブ」で、匂いの強さ(≒匂い物質の濃度)に相当する情報を検出することができる(図3)。
匂い応答材料に吸着した匂い物質は、周囲が無臭状態に戻ると材料から脱離していくため、素子の電気抵抗は元に戻る。このことによって『FlavoToneⓇ』はさまざまなサンプルを短時間で連続して測定したり、匂いが変化する環境で長時間連続して測定したりすることができる(図4)。
(2)匂い識別の仕組み
前述のように『FlavoToneⓇ』には、匂い物質を吸着する性質が異なる複数の「プローブ」が搭載されている。これは、私たちの嗅覚器官が多数の嗅覚受容体を備えていることに対応している。『FlavoToneⓇ』は各プローブの電気抵抗変化をそれぞれ測定しており、嗅細胞が脳に伝える電気信号と同様に、匂いをパターンとして記録できる。このようにして得られたセンサーのデータをAI 技術などによって、さまざまな数値処理を行うことで、嗅覚と同じように匂いの違いを捉える機能を提供する。嗅覚との対比を表1にまとめた。
(1)液体や固体の匂いを測定する
飲料や薬品などの液体や、食品や工業製品のシート状・粉末状・塊状・フィルム状などさまざまな形状を持つサンプルの匂いを測定する場合には「卓上機」(図5)を用いて図中①~④に示す手順で簡便に測定することができる。
〈測定事例1:コーヒー豆の測定〉
市販の焙煎したコーヒー豆3種類(キリマンジャロ、マンデリン、グアテマラ)の測定を行った。解析の結果、3 種類のサンプルの違いを捉えることができた。図6-a では、サンプル別にプロットを色分けした。同色のプロットは繰り返しの測定点を示し、同色プロット群同士の距離が大きいほど、匂いの違いがはっきりしていることを意味する。また、同色プロット群同士が斜めの位置にあると、匂いの成分の違いが大きいことを意味する。
〈測定事例2:再生プラスチックの臭気比較〉
近年、脱炭素へのニーズから再生プラスチックの利用検討が進んでいるが、新品プラスチックとは異なる不快な臭気があることが知られている。新品ポリプロピレン(PP)と再生PP のペレットをブランク(無臭サンプル)とそれぞれ測定して比較すると、新品PP は無臭に近く、再生PP は新品PPとは異なる臭気があることが確認できた(図6-b)。
(2)空間に広がった匂いを測定する
前述のようなサンプルから発生する匂いの測定とは異なり、部屋の中など比較的広い空間で起こる匂いの変化を捉え、その状態を識別することを目的とした測定に対しては、「小型機(開発品)」(図7)による測定を提案している。
〈測定事例3:当社内トイレにおける臭気の測定〉
当社内男子トイレの小便器付近にセンサーを設置し、正常(無臭)/ 尿臭あり/ 大便臭あり/ 吐しゃ物臭ありの状態を識別させることを目標として、尿・大便・吐しゃ物を模擬したサンプルをセンサー周辺の床面に散布する実験を行った(図8)。その測定・解析フローを図9 に示した。測定および解析の結果、開発途上ではあるが無臭と尿臭ありの状態を識別できることを確認している。トイレの臭気を匂いセンサーでモニタリングすることで、適切なタイミングで汚れに合わせた効率の良い清掃を提案することができる。現在、センサーの小型・省電力化や、対応できる臭気の拡張などへ向けて開発を進めている。
当社は『FlavoToneⓇ』のレンタルや受託分析に加え、個別の課題に対するソリューション提案なども行っている。今後、多様化する消費者ニーズや、複雑化する社会課題に対し、顧客との共創を通じて、より良い社会インフラづくりに貢献していく。
参考文献
1)塩田清二 他,「においのセンシング、分析とその可視化、数値化」:第1 章 第1 節 解剖生理学的にみた香りによる嗅覚受容メカニズム,技術情報協会,p3-9(2021)