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土を通して、人間と自然の共存の道を探る

三洋化成ニュース No.543

土を通して、人間と自然の共存の道を探る

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2024.04.11

土壌学者
藤井 一至〈ふじい かずみち〉

Kazumichi Fujii
1981年富山県出身。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て現職。著書に『土 地球最後のナゾ』『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』などがある。
写真=本間伸彦

私たちの身近にあるにもかかわらず、いまだ謎の多い土。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林まで世界各地を飛び回り、土の成り立ちや栄養を持続させる方法を研究しているのが、土壌学者の藤井一至さんです。
土が持つ驚くべき機能や性質は、地球環境や私たちの生活にどう関わっているのでしょうか。土を改良する研究が農業に生かされる面白さについても伺いました。

土とは何か

-- 土は私たちの足元にある身近なものですが、どのぐらいの深さまでが土なのですか。

東京は、富士山が噴火した時の火山灰などが溜まっているので、数百メートルの土があります。京都は土が流れやすいので、60センチメートルぐらい掘ると岩石が出てきます。このように場所や地形による違いもありますが、土は約100年で1センチメートルぐらい堆積します。1メートルほど掘れば、1万年前の縄文人が暮らしていた地面に行けるんですよ。

-- 土はどのようにしてできるのですか。

土とは、もともとそこにあったものや、風や水に運ばれてきた砂などが、気候や腐った植物、動物の死体、微生物などと関わりながら変化したものです。これらが水を含んで粘土になって、さらに微生物がたくさん住んで活動しているものを「土」と呼びます。大さじ1杯の土に、およそ100億個の微生物がいるといわれています。世界の人口以上の数です。土は砂より粒子が小さくて微生物が住みやすいんですよ。

-- 土の中には、たくさんの微生物がいるんですね。

はい。土の中では、微生物たちが生存戦略をもとに、自分勝手にそれぞれにとってベストな活動をしています。互いに関わりあって共生し、土が作られていく。

このようなものを、創発現象といいます。例えばシロアリは一匹一匹が一生懸命土を運んでいるだけで、どんなものを作ればいいのか分かっていないけれど、最終的には立派なアリ塚が完成します。社会も同じで、一人ひとりが日々、仕事や生活をした結果、大きな街が出来上がる。どちらも設計図はありません。自然界に土ができたのは、奇跡に近いと僕は思います。

-- 土は意図されてできるものではないから、不思議ですよね。よその場所から砂が飛んでくると、土の中の生態系はさらに複雑になりますね。

そうなんです。砂の粒は約0.2 ~ 2ミリメートル、粘土は2マイクロメートル以下なので、風でかなり遠くまで運ばれます。ゴビ砂漠から飛んだ砂は、大きな粒が北京で落ちて、比較的細かい粒は日本や太平洋に落ちて、最後はハワイまで到達するといわれています。サハラ砂漠から飛んだ砂は、日差しと雨を強烈に受けるアマゾンの熱帯雨林に栄養を与えているんですよ。

-- 風が運ぶ砂が、遠く離れた地域にも栄養をもたらしているのですね。日本の土は、栄養豊富で農業に適しているのでしょうか。

日本は雨が多くて栄養素が流されやすく、カルシウムの少ない酸性の土です。雨が多い所では稲、降雨量が少ない所では蕎麦というように環境に合致した植物を栽培していることが多い。水があるから、毎年割と安定して収穫できます。世界一肥沃な土壌といわれるカナダのチェルノーゼムは、乾燥地帯でカルシウムが豊富なため、小麦やトウモロコシなどの栽培に向いているんです。

-- 地域に適した作物があるのですね。畑の土は耕して土に空気を入れたほうがいいのですか。

それは土によるので一概には言えません。土が粘土のように固く植物が生えない場合は、耕して柔らかくすることが必要です。しかし、もともと肥沃な土地は、耕し過ぎると微生物が有機物を分解しすぎて栄養がなくなってしまうこともあるんです。そのような地域では、土をあまり耕さない不耕起農業が生まれています。ほかにも、有機農業や自然農業など、自然に近い農法があります。一方アメリカなどでは、テクノロジーを活用して土を耕す必要をなくしている地域もあります。除草剤で管理しやすい遺伝子組み換え作物を作り、広大な農場で大量に栽培するんです。

-- 収穫量を増やすために、いろいろと試みられているんですね。

 

土を巡る問題が人間の生活を大きく変える

-- 藤井さんはどのように土壌改良をしているのですか。

実は、宮沢賢治に近いことをしているんです。賢治は恩師であるせき豊太郎がドイツで習得してきた最新の化学を盛岡高等農林学校で学んだので、当時としては土に一番詳しくて、酸性土壌を改良するために石灰の普及に尽力しました。ただこの方法は、窒素やリンといった肥料とは異なり、土から良くするという考え方です。長い目で見て初めて効果が出るものなので、農家の方々の理解をなかなか得られず苦労したそうです。

僕は賢治のしてきたことをアップデートして土を改良していきたいと考えています。同じ土で同じ植物をずっと植え続けていたら、そのうち栄養分がなくなって、だんだん収穫量が落ちていきます。気前よく肥料をまき過ぎたら、肥料焼けして育ちが悪くなります。植栽や施肥などのバランスも難しいんです。フィリピンで大規模なバナナ栽培に携わったことがあります。いかに安くたくさん作るかというのも大事ですが、一種類の作物を大規模に栽培し続けると病気が発生しやすい。そこで、アグロフォレストリーという考え方を採り入れて、もともとの森の木をバナナの間に植えてバナナを半分にしてみたら、うまくいきました。

-- 土を生かし、土の栄養を持続させる方法を模索していらっしゃるのですね。

はい。例えばインドネシアで土を分析し、石灰を入れて土壌改良をするといいとわかったとします。でも、石灰がなかったり、現地の人が買えなかったりする。そういう時は、現地にあるもので代替できないか考えます。現地であまり使われていない植物で、カリウムやリンを多く含むものを土に混ぜると、肥料の代わりにもなり、土が中性に近づくので、コストも浮くし生産量も上がって儲かる。ひと工夫を加えて、あとは現地の人たちにやってもらうようにすると、土がどんどん回復していきます。農業は生業ですから、知識や技術を伝えるだけではなく、安価に実施できたり、利益を生んだりしないと、定着しにくいんです。

-- いろいろな土や植物を知っているからこそできる提案ですね。今、土についてはどういうことが問題視されているのでしょうか。

2015年は国際土壌年でしたが、この時、「2050年までに世界中の9割の土が使えなくなる」という予想が発表されました。これは推定値の中の最大の数値なのですが、きちんとデータがある調査でも、15秒にサッカーコート1枚分の土が捨てられています。

--  えっ。それは大変です。

1980年頃から砂漠化は問題視されていますが、どこか遠い国の問題のようなイメージがありませんか。土の問題を深刻にとらえるのはなかなか難しいんです。
砂漠化というと、砂漠が森や村を飲み込んでいくようなイメージを持っている方が多いです。しかし実際は、畑の土が劣化して、毎年10%、20%と少しずつ畑の収穫量が落ちていって、そのうち畑として使えなくなり、徐々に捨てられていくという現象なんです。そして、もともと使っていなかった、あまりいい畑になりそうにない森を切り開いて、そこも使い倒してしまう。農業で使う地下水もくみ上げ過ぎて、塩が持ち上がり、何も育たない土になってしまいます。この塩害が原因でメソポタミア文明は滅んだといわれています。

-- 塩分が出てしまった土地はどうするのでしょうか。

塩分を洗い流すためにたくさんの水が必要なので、特に乾燥地帯では簡単なことではありません。カザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩湖のアラル海は20世紀最大の環境破壊を受けたといわれています。旧ソ連時代に綿花を栽培するために、アラル海に注ぐ2本の大河の水をたくさん使い過ぎて、塩が析出した広大な土地と、小さくなってしまった湖だけが残った。アラル海の急激な縮小で漁場が遠ざかり、塩分濃度が上がって魚がいなくなったせいで、各地の漁村では数万人もの移民が生まれたと推測されています。一般的に、水がなくなって食料不足になると政権への不満が募り国内が混乱します。世界で力を持っている国は巨大な河川の蛇口を握っているといわれていますよね。
土にはもう一つ難題があります。土は水と同じく社会的共通資産ですが、私有地という側面もあります。個人が自分の土地をどう耕すかは自由です。人類が種として地球環境を守り存続を目指すのか、個の自由を尊重するのか。土ってけっこう厄介なんですよ。

-- 確かに、私有地に対する考え方は人それぞれですものね。日本の土に影響を及ぼすような環境の変化はありますか。

日本は雨が多いので砂漠化はしませんが、最近の夏は暑過ぎて雨も少なく、水不足が深刻な一方で、ゲリラ豪雨も増えています。作物が育たないことに加えて、例えば2018年の北海道・胆振いぶり東部地震のように、災害も起こりやすくなります。この地域は、園芸用にも使われるような保水力のあるいい土なんですが、それが裏目に出て、台風で大雨が降ってぬかるみ、地震をきっかけに土砂崩れも起こってしまったんです。このように、これまで災害危険地域ではなかった所でも、予想外の災害が起こることが増えています。

-- 夏の猛暑による土の乾燥だけでなく、想定以上の雨量で土が流れてしまうこともケアする必要があるのですね。

 

 

 

土の中で起こっている反応を全て化学式で表せたら

土の採取(栃木県日光市)

-- 藤井さんは、なぜ土に興味を持つようになったのですか。

もともと石や土が好きな子どもで、高校時代に、世界の人口増加による食料問題や砂漠化に関心を持つようになりました。しかし大学に進むと、環境系の授業は情緒に訴えるようなものが多くて、意外に思いました。土の中で起こっている反応を全部化学式で表し、土の現象を予測することができたら、食料不足など社会問題を解決する武器になるんじゃないかと、土壌学を選んだんです。今はまだ、土の現象の全てを化学式で表せていませんが、自然現象の仕組みと、それをどう使って持続的な農業をやっていくかということに関心を持っています。

-- 土を研究されるなかでのご苦労は。

はい。スコップ一つ持って世界中に行って土を持ち帰りたいのですが、その土地の所有者や村人全員の許可を取らないといけないので大変なんです。ロシア、中国、ブラジルなど資源ナショナリズムが強い国は土の持ち出しを禁じています。例えば、ブラジルには天然ゴムを枯らすカビがいて、これが国外に出ると生物兵器になります。遺伝子資源や生物資源を持ち出されることに対する危機感はかなり高いんです。
昔から世界には微生物ハンターがいて、大手製薬会社が世界中から土を集めて有用な微生物を探しています。世界中の土にはまだまだすごい細菌がいるのですが、土から取り出して培養できるものは1%ほど。うまく取り出せる有用な微生物から薬や化粧品の新しい成分が作れます。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士は、静岡県のゴルフ場の土壌から有用な細菌を発見しました。これを活用して、感染症に有効な飲み薬の成分としてイベルメクチンを開発したのです。その微生物を外国人が見つけて持ち帰って実用化したら、私たち日本人だって悔しいじゃないですか。そういう理由で、外国の土を研究することが、その国の生物資源や現地の人の権利を脅かすことにならないよう、気を付けています。

--  なるほど。近年の科学技術の発展で、土壌学も変化しているのでしょうか。

ここ20年で、土の中にどんな微生物が住んでいるか、比較的簡単に安価で分析できるようになりました。植物や微生物を、AIや3Dプリンターを使って人工的に作ろうという取り組みも進んでいますよ。僕がもし土を人工的に作るなら、土が土そのものを作り上げて再生できる、自律性と持続性を再現してみたいですね。

-- 土は人工的に作れるのですか。

いいえ、僕が粘土と水と微生物を混ぜてみても、土は簡単に作れるものではありません。AIは膨大なデータを学習して賢くなっていきますが、土の中では、1万種類もの微生物が、5億年間ずっと環境と相互に作用しながら、どうするのがベストなのか試行錯誤し続けています。AIが目指しているものに、土が先に近付いているのかもしれませんね。
AIはルール違反を苦手としますが、土の中ではルールがどんどん変わっていくんですよ。ワインの風味が地域によって違うのは、関わる微生物が違うから。微生物は、土から茎を通って、ブドウの実まで移動します。どこでも全て同じルールだったら同じワインが作れるはずですよね。

--  予想通りにいかないところや地域によって土に個性があるところも、興味深いのですね。

 

 

日々の食事と密接につながる土のことを知ってほしい

インドネシアでの農業支援

最近では食料安全保障が話題になって、日本でも少しずつ土が注目され始めています。でも、このテーマは、世界中で食料を融通し合いながら確保するという視点が変わって、日本が自国の食料をどう確保するのかと閉鎖的になりがちです。加えて、昔は8割が農家でしたが、今は専業農家が1.3%ぐらいで、土に詳しい人は少ない。都市部の人口が圧倒的に増えていて、土や食料、農業がどんな問題を抱えているかほとんど知らないままに、農業政策を決めたり、一票を投じたりしなければいけない状況です。
日本についてはもちろん、世界の農業や土のリアルな現状を、もっと多くの人に知ってほしいと、僕は思っています。世界一肥沃なチェルノーゼムも水不足で砂漠になってしまうかもしれないし、日本の酸性土壌でも石灰をまいて中和すればちゃんと食物が育つ。そういう知識を持つ人が増えたら、議論の内容は違ってくるのではないでしょうか。

-- そうですね。どんな活動をすれば土への理解が深まりますか。

土に触れる体験を増やすのは一つの手ですよね。小学校ではよく芋掘りをしますが、収穫するだけでなく、ぜひ雑草を抜くなどの体験もしてほしいですね。家庭菜園も、土に苗を植えたり、水をやったりできます。例えばイチゴは採ってすぐ食べると、すごくおいしいし、香りが全然違います。
家庭菜園は少しハードルが高いという方は、自分が毎日何を食べているか、その食べ物はどこから来たのか、考えてみてほしいです。ニンジンやホウレンソウの産地はどこかとか、ブラジル産の牛肉を食べたら、熱帯雨林の赤土で育った草を食べて大きくなった牛なんだなとか。カナダで山火事が起きて日照不足になれば、チーズやバターの値段が上がるから買いだめしておこうというように、役に立つこともありますよ(笑)。そうすると、日本や世界の食品の産地のこと、農業や畜産のことに考えがつながっていくと思います。これを私は「バーチャル・ウォーター」ならぬ「バーチャル・ソイル」と呼んでいます。楽しく土とつながることができるので、おすすめです。

--世界のいろいろな土から生産される食品をいただけているんですね。今夜の食卓に並ぶ食品がどこから来たのか考えてみたいと思います。本日はありがとうございました。 

 

と   き:2023年9月25日
と こ ろ:西新橋・当社東京支社にて

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