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食の京都(5)発酵の街、京都

三洋化成ニュース No.545

食の京都(5)発酵の街、京都

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2024.10.11

佐藤 洋一郎

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京の3大漬物の一つ、「すぐき」(提供 : 大石 和男氏)

発酵食品とは微生物による変性を受けた食べもののことで、意外なようだが、多くが人が長く暮らし続けてきた都市とその郊外で発達した。京都はまさにそうした都市で、「1000年の都の歴史」こそが京都を発酵の街にしたのである。

発酵をもたらす微生物のなかで双璧をなしているのが麹菌と乳酸菌であろうか。麹菌はもともとカビの仲間で、毒素を持つ通常の菌のなかから無毒の系統を選び出して作られた菌種である。つまり麹菌は「品種改良で無毒化された有益なカビ」ということになる。麹菌の発明者は不明だが、安定的に安全な菌を大量に作る技術は室町時代には完成していた。当時の都は酒宴だ祭事だと何かにつけて大量の酒を消費した。一説にはこの時期、洛中だけで350軒近い酒蔵があったというから驚きである。この酒造りを支えたのが「麹座」をはじめとする職人集団であった。何しろ、目に見えない微生物を扱うのだから相当の知識と経験の集積があったはずで、そこにはさまざまな利権集団がうごめいていたのだろう。当然のごとく利権争いも起きた。北野天満宮や延暦寺を巻き込んだ大騒動の記録も残る。

酒を酢酸菌でさらに発酵させて作られるのが米酢である。市内には多くの酢屋があった。酢は腐敗防止に有効でサバ寿司などにも使われてきたが、興味深いことにその用途の大きな部分が友禅染の色止めだったともいわれる。

酒ばかりではない。大豆の発酵食品もにぎわいを見せていた。寺納豆などと呼ばれる発酵大豆が禅僧によって中国から持ち込まれたといわれる。精進料理には欠かせない食材だったので、京都市内の禅宗寺院では盛んにこれが作られた。今に至るまで伝わるのが、北区の大徳寺納豆や京田辺市の一休寺のそれである。味噌や醤油もまた大豆の発酵食品の一つである。京都の味噌といえばやはり白味噌ということになるだろうが、これは米麹のウェートが高い味噌で、甘く感じられる。

 

精進料理に欠かせない大徳寺納豆も、京都の発酵食材の一つ

京を代表する発酵食品のもう一つが漬物である。漬物は、旬の季節にたくさん採れ、食べきれなかった野菜を保存しておく便法として発達した。発酵の主体は、都心で育ち使われた麹菌と違って、野菜などの葉の表面に自生している植物乳酸菌である。京都の郊外には、都という一大消費地を控え漬物産業が早くから起こった。京都には「3大漬物」といわれる漬物があるが、そのどれもが、郊外の農村地帯の生まれである。3大漬物のうち、「すぐき」と「千枚漬」は冬の漬物で、どちらも専用のカブラの品種が使われている。千枚漬の材料「聖護院カブラ」は鴨川の東、吉田山の南の山麓にある聖護院あたりで生まれた大きな丸いカブラで、これを赤道面に平行に横に薄く切ったものを漬けた。かつては乳酸発酵させた漬物であったが、今では促成化が進み、酢を使った浅漬けの漬物として広く流通している。すぐきは漢字をあてれば酢茎、スグキナというカブラの1品種の根と葉・茎を乳酸発酵させたものだ。スグキナの根は直径5、6センチメートルにも及ぶので、漬物にするには塩と圧力が必要である。高い圧力を得るには極太の長大な天秤棒と数十キログラムもの重石が使われる。てこの原理によって樽当たり300キログラムもの圧がかかるという。

 

すぐきの樽に天秤棒と重石で圧をかける(提供 : 大石 和男氏)

もう一つが、夏の「しば漬け」である。平清盛の娘で平家と命運をともにした安徳天皇の母・建礼門院も好んだといわれる漬物で、ナス、キュウリ、赤シソ、ミョウガなどを塩漬けし乳酸発酵させたものである。あの独特の赤い色は赤シソの色で、産地では赤シソはしば漬けのためだけに栽培されているという。

京都にはほかにもさまざまな漬物がある。有名な漬物屋さんもたくさんあるが、最後に、市場にはめったに出ることのない漬物を一つ紹介して、筆をおくことにしよう。「菜の花漬け」がそれで、市の北東、松ヶ崎あたりでは今も2、3軒の農家が作り続けているようだ。かつてはどの家でも漬けていたものだそうだが、漬けるのをやめる家が後を絶たず、とうとう絶滅危惧の状態になってしまった。野菜など近くのスーパーに行けば簡単に手に入る今の時代はそれでよいかもしれないが、かつては余った野菜は漬物にして常備菜として日々のおかずに使っていた。そんな時代のことを忘れてはならないと思う。

 

佐藤 洋一郎〈さとう よういちろう〉

1952年、和歌山県生まれ。1979年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。国立遺伝学研究所研究員、静岡大学農学部助教授、総合地球環境学研究所副所長、大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事、京都府立大学文学部和食文化学科特別専任教授、京都和食文化研究センター副センター長などを経て、ふじのくに地球環境史ミュージアム館長。農学博士。京都市文化功労者。著書に『京都の食文化』『知っておきたい和食の文化』『食べるとはどういうことか』『米の日本史』など。

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