未知の国ブラジルでの
市場参入に果敢に挑戦
その人物は担当を離れた今も、ブラジルでのビジネスに取り組むチームメンバーの間で親しみを込め「レジェンド」と呼ばれる。2012、3年ごろから、すでに成熟の域にあったブラジルのバイオエタノール発酵用消泡剤市場への参入に果敢に挑み、劣勢を跳ねのけて今に結びつけた熱血漢だ。
さかのぼること20余年。温暖化への国際的取り組みが本格化するなか、日本でもCO2削減の機運が高まり、2000年初頭、国産バイオエタノールの開発プロジェクトが多数立ち上がった。バイオエタノールの製造工程には消泡剤が欠かせない。消泡剤に優れた実績を誇るサンノプコは環境問題に貢献しようと即座にニーズ調査を開始。木質バイオマスを原料とするプロジェクトに提供した試作品が採用され、実績化に成功した。ところが、日本では条件が十分に整わずプロジェクトはいずれも撤退。国産バイオエタノールの実現は立ち消えた。そこでサンノプコは海外に目を向ける。最も有望と見定めたのが、サトウキビを原料とするバイオエタノールの生産が盛んなバイオ燃料先進国ブラジルだった。
こうして「レジェンド」の挑戦が始まった。消泡剤に狙い通りの効果を発揮させるためには、材料や使用される現場の環境に応じたきめ細かいカスタマイズが欠かせない。ところが、その現場は日本から遠く離れたブラジルにある。工場は400か所を超えていて、出張ベースで全てをフォローするのは不可能だ。このため、現場に張り付き、顧客にも協力してもらいながらサンノプコと情報を共有し合ってカスタマイズを進めてくれる現地のパートナーを獲得することが最優先課題だった。幸い、南米の化学品業界には、最終製品のメーカーに素材メーカーの製品を技術サービス込みで販売するフォーミュレーターと呼ばれる業種が存在する。実績ゼロの段階では出張費の予算獲得すら難しい中、「レジェンド」は0泊4日や1泊5日という強行軍を重ねて大手フォーミュレーター3〜4社とコンタクトし、開発担当者として製品の詳細を伝え、販売を委託した。とはいえ、すでに欧米の他社品が浸透しているためフォーミュレーターの動きは総じて消極的だった。
そんな中、1社だけ「レジェンド」と意気投合し、サンノプコの消泡剤の優位性をしっかり理解して、熱心に動いてくれたフォーミュレーターがあった。あるとき、先方の営業マネージャーが「レジェンド」を自宅のパーティに招待。「レジェンド」は持ち前の誠意と社交性を発揮して子どもの写真を交換し合うほど親しい関係を構築していく。やがて、製品を託すフォーミュレーターをこの1社だけに絞ったことで、メーカーへの働きかけは順調に成果を上げるようになり、2016年、ついに拡販は成功した。
熱い想いをつなぎ
数年がかりで拡販に成功
これに前後して新たな担当者が加わり開発陣は2人体制に。さらに、2018年には一層の拡販に向け、入社9年目、三洋化成からサンノプコに出向して4年目になろうとしていたT.H.もチームに合流した。T.H.は開発畑を歩み、出向後は消泡剤の基礎研究に取り組んだ時期もある。いずれは先輩2人から担当を引き継ぎ、拡販に向けたカスタマイズや新製品開発で成果を上げることを期待されていた。
早速「レジェンド」や営業担当者と共に、引き継ぎを兼ねてブラジルへ。事前にこれまでの経緯や現在の課題など詳しく話を聞いてはいたが、はるばる訪れた初めての現場は、想像を遥かに超えるスケールでT.H.を圧倒した。人間なら何百人も入れそうな巨大な窯で膨大な量のサトウキビの発酵が進められる。発生するCO2の泡は泡膜の粘性が高いため消えにくく、しかも驚くほど大量だ。ラボとはスケールが違い過ぎる上に、発酵に使うイーストは生き物なので予想外の挙動が頻発する。拡販への課題を分析するため、フォーミュレーターと共に現地のラボや顧客の工場で実験を繰り返し様々なデータをとるなかで、「これは聞いていた以上に大変だ」と痛感。「レジェンド」がたどってきた道のりの険しさを、改めて思わずにはいられなかった。
帰国後、先輩2人は前後して異動となり、開発担当はT.H.一人となった。距離や時差によりタイムリーな情報交換が難しく、取り扱うサトウキビやイーストは生もののため取り寄せや保管が難しい上に、国の違いによる感覚の差もあるという状況のなか、フォーミュレーターと協力し合って、他社品に勝るメリットを出すための使用法などを追究。仕込み時に入れるタイプの消泡剤と発酵中に入れるタイプの消泡剤の組み合わせによって性能が変わることに着目し、実験を重ねてベストの組み合わせを確定させた。さらには、それぞれの投入法についても検討を重ね、最適な投入法をマニュアル化。フォーミュレーターにきめ細かくフォローしてもらうことで、顧客による評価の向上へとつなげていった。
こうした試みが奏功し大幅な拡販が確実となって、10月にはフォーミュレーターと新たな契約を結ぶことに。このタイミングで、K.H.が前任者から営業担当を引き継いだ。早速訪れたブラジルでは、フォーミュレーターのオーナー宅での10時間にも及ぶ盛大なパーティが待っていた。K.H.は、弾けるように明るい歓待に好意と感謝の念を募らせながら、同時に、「市場の状況から判断して拡販もそろそろ限界だ。期待を裏切らないためには、次のアクションを考えなければ」と、冷静に今後を見通してもいた。
K.H.の読みは正しく、この後、業績は一つのピークを迎える。これが大きく評価され、K.H.は社長表彰を受けた。その賞金で「レジェンド」を含む関係者8人による慰労会を開催。ブラジルが誇るシュラスコ料理とカクテル・カイピリーニャで、成功を祝い合った。
全世界規模の
社会課題を見据え、次の地平へ
やがて、拡販が頭打ちとなっていたところにコロナ禍が重なり、人や物の移動が止まってバイオエタノールの需要が激減。顧客の工場の稼働も落ちて、業績は一時的に大きく縮小した。この間にK.H.は、戦略の見直しに着手。サトウキビやトウモロコシなどを原料とする第一世代から、木質系や草本類などのバイオマスを原料とする第二世代への展開に、迅速に対応していくという方針を打ち出した。
これを受け、2022年度から第二世代バイオエタノールへの取り組みが本格化した。第二世代バイオエタノールは、バイオマスに含まれるセルロースなどの成分を加水分解によって糖化し、それを発酵させてつくる。糖化工程という新工程が加わり、当然、消泡剤にも新たな対応が求められることになる。ブラジルでは、原料としての使用を終えたサトウキビのかすをバイオマスとして再利用する形で第二世代への展開が始まり、すでに1工場が実稼働。2025年までに4工場に増えることが決まっている。T.H.はこの新たな課題に向き合い、「いかにコストを抑え、効率的にこなすかが勝負だ」と見てとった。既に触れた通り、サンノプコには、2000年初頭に木質バイオマスを原料とする事案に取り組み、成果を挙げた実績がある。この時に得た知見は強力なアドバンテージだ。「これを活かしてうまくアレンジすれば、きっと他社に先駆けブレイクスルーできる」。こうして次なる挑戦が始まった。
その間にも世界の情勢は刻々と移り変わる。エネルギー供給の枠組みが大きく変動したことなどによりバイオエタノールの需要は一気に回復・拡大し、翌2023年度には拡販当初に掲げた販売目標を達成できる見込みとなった。業績の好調ぶりは、サンノプコの消泡剤がもたらすメリットが大きいことの証でもある。
先人の後を引き継ぎ新たな課題に挑み続けるK.H.とT.H.にとって大きな励みとなっているのは、SDGsやカーボンニュートラルといった全世界規模の社会課題に貢献できる手応えだ。ブラジルのガソリンスタンドでは純エタノールとエタノール含有のガソリンしか販売されていない。T.H.は現地でそれを目の当たりにしたとき、自分が開発した消泡剤が世界の環境保全に確かに貢献していることを実感した。今後はこれを足がかりに、同じくサトウキビを原料とするバイオエタノールの生産が盛んなタイやインドに貢献を広げていくことも可能だ。日本でも再度、第二世代バイオエタノールへの挑戦の機運が生まれており、ブラジルでの実績は、身近な国内での貢献にも結びついていくだろう。
一方、K.H.は、バイオエタノールでの成果を橋頭堡に、サンノプコが強みとする製紙や塗料の分野でもブラジル市場を開拓していくことを模索し始めた。心を一つに協力し合える地元のフォーミュレーターと共に、コスト・環境両面に優れた独自の各種添加剤を提供し、より広くブラジルの産業、ひいては世界経済と地球環境に貢献していくつもりだ。